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東大生たちが本気で語る実話怪談。偏差値75の世界でみえる恐怖体験とは

自身も東大出身者でもあり、『東大怪談』を上梓した豊島圭介監督

自身も東大出身者でもあり、『東大怪談』を上梓した豊島圭介監督

  “実話怪談”というジャンルは、「どうせ思い込みや勘違いによる作り話でしょ?」などと揶揄されることもしばしば。なぜなら、科学的な考察や検証のない曖昧なお話は、“戯言”に分類されてしまうからだ。  ならば、偏差値75の東京大学出身者が語ったらどうなのか。幅広い知識と科学的思考能力を持ち、理詰めで物を考える彼らが本気で恐怖体験を語ったら、何か違う世界が見えるのか。そんな発想から生まれたのが、『東大怪談』だ。  著者は、映画『三島由紀夫VS東大全共闘~50年目の真実~』、怪奇ドラマ『怪談新耳袋』シリーズなどでメガホンをとり、自身も東大出身者でもある豊島圭介監督。怪談を中心に、ヒトコワ、精神疾患、都市伝説、パラレルワールド、UFO、宇宙人など様々なジャンルのオカルト体験を、合計11人の東大出身者から聴きとった。  果たしてそこから見えてきたものとは? 取材時の感想を交えながら、豊島監督が東大生特有の“自意識”と“恐怖体験”が絡み合った新たな“実話怪談”の世界を語った。

清水崇監督から『新耳袋』を渡されオカルト開眼

――豊島監督は、BS-i(現BS-TBS)のオムニバス怪奇ドラマ『怪談新耳袋』シリーズで監督デビューし、その後もホラー映画を数多く手がけていますが、そもそも怪談に興味を持ったきっかけは何だったのでしょう? 豊島:もともとホラー映画や怪談が苦手だったんです。中学生の時、地元(浜松市)の映画館で、たまたま『デモンズ』(85)と『スペースバンパイア』(85)をたった一人で観たんですが、それがトラウマになるぐらい怖すぎて。1980年代はホラー映画の名作がたくさん生まれた黄金期だったんですが、実はそこにはほとんど触れてこなかったんです。 ――それがどういう経緯で『怪談新耳袋』シリーズを撮ることに? 豊島:映画制作を勉強するためにロサンゼルスのアメリカン・フィルム・インスティテュート(AFI)に留学していたんですが、30歳くらいの時に帰国して、その頃に出会った清水崇監督(『呪怨』『牛首村』)から、「面白い本があるから読んでみて。映像化する予定なんだけど、豊島さんが気に入ったら監督に推薦するよ」と言って渡されたのが実話怪談集『新耳袋』だったんです。どうにかして監督になろうともがいていた時期だったので二つ返事でお受けしました。でも、これが凄く面白かったんです。  心霊や怪異を「これは呪縛霊である」というような解釈や因果関係でオチを作らずに、この人物はこのような怪異に出くわしてしまった。理由は分からないが、これは事実なのである、と投げっぱなす手つきが最高でした。その辺りから開眼したというか、心霊とかオカルト的なところへズブズブっと入っていった感じですね。

「東大生は東大生に心を開く」という発見

インタビューに答える、豊島圭介監督

インタビューに答える、豊島圭介監督

――『東大怪談』を出版することになった経緯は? 本書の発行人である角由紀子さん(オカルト系ウェブサイトTOCANA前編集長)からオファーがあったと聞いていますが。 豊島:以前からプロデューサーの叶井俊太郎さん(現在、TOCANAで配給業務に従事)と知り合いだったんですが、「日本の猟奇事件を扱ったドキュメンタリーを撮らないか」とお誘いを受けて、そのシリーズのうちの2本撮らせていただいたんです。その時に角さんと知り合って、その後も『三島由紀夫vs東大全共闘〜50年目の真実〜』の取材もしていただいたりする中で、「東大と怪談を結びつけるのはどうだろう?」というアイデアが生まれてきて。「そんな本があったら面白ですね」って他人事のように聞いたら、「書くのはあなたです」と(笑)。書籍を出すなんておこがましいと思っていたので、角さんからオファーをいただいた時はびっくりしましたが、以前、パンフレットの寄稿文だったり、撮影のルポだったり、多少かじったことがあって、「文章を書く仕事をしてみたいな」という気持ちがどこかにあったので、思い切って受けることにしました。 ――『三島由紀夫vs東大全共闘〜50年目の真実〜』の流れで角さんのお誘いがあったということですが、ご自身の中にも東大に対して強い思い入れがあったのでしょうか? 豊島:せっかく東大出たのに、あまり仕事に繋がったり、お金になったりしてないなぁ…という思いはありました(笑)。このドキュメンタリーは、TBSの刀根さんというプロデューサーからお誘いを受けたんですが、その方も東大出身者で、この作品は大きな転機になったのは事実です。実際、あの討論会で三島由紀夫と対峙した猛者たちにインタビューするのは恐怖でした。何度も叱られましたし。 それでも「君も東大か」みたいな感じになるんですね。「東大生は東大生に心を開く」という繋がりをここで実感できたことはとても大きかったし、それが下地にあったので、今回の『東大怪談』はとても取材がしやすかった。もちろん、「あの三島由紀夫と東大全共闘の映画を撮った人」っていう肩書も効果があったようで、そこは角さんが狙ったところだと思いますけど。 ――出版まであまり時間がなかったそうですね。 豊島:そうなんですよ。「早くしないと絶対にパクるヤツがいるから!」と角さんにお尻を叩かれて(笑)、去年の9月から速攻で取材対象を探し始めました。仲のいい同級生に声をかけたり、Facebookで東大関係者に当たったり、結果、20人の候補が集まって、うち11人のお話を採用させていただきました。まさに打率が5割越え、お話を聞いた中でこれだけ取れ高があったのは凄くラッキーでしたね。
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怪談を超えて“猥談”も登場!?
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広告制作会社、洋画ビデオ宣伝、CS放送広報誌の編集を経て、フリーライターに。国内外の映画、ドラマを中心に、インタビュー記事、コラム、レビューなどを各メディアに寄稿。2022年4月には、エンタメの「舞台裏」を学ぶライブラーニングサイト「バックヤード・コム」を立ち上げ、現在は編集長として、ライターとして、多忙な日々を送る。(Twitterアカウント::@Backyard_com)

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