“社会”を信頼できない日本で起きていること/鴻上尚史
“社会”が信頼できず“世間”にだけ生きると何が起こるのか
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の著者ブレイディみかこさんと対談した時、息子さんの「日本人は『社会』への信頼が足らない」という言葉にハッとしました。
どういうことか? 僕なりの説明をすると―
僕は、日本には「世間」と「社会」があると繰り返し言っています。「世間」とは、今か将来、あなたと関係がある人達のこと。会社・学校・仲間・近所なんてことですね。「社会」は今か将来、まったく関係ない人達のこと。電車の隣の人、すれ違う人、など。
で、私達日本人は「世間」に生きています。正確に言うと、「中途半端に壊れた世間」なのですが。
で、「世間」にだけ生きていると、「社会」の人との会話が苦手で不得手になります。
例えば、駅の階段で荷物とベビーカーを抱えて、ふうふう言って登っている女性がいても、日本人はなかなか、「持ちましょうか?」と声はかけませんね。この風景を外国人が見て驚きますが、日本人が冷たいわけではなく、声のかけ方がよく分からないと言った方が正解でしょう。
もちろん、相手が自分の「世間」に生きる人、つまり知り合いだったら、抵抗なく声をかけるでしょう。
電車の中でイヤホンから音がシャシャカ漏れている時、イラついて「いい加減にしろよ!」とか「うるさいよ!」と思わず叫ぶ人がたまにいます。
これまもた、相手が「社会」に生きる人、つまり関係のない他人だから、どう声をかけていいか分からないから起こると、僕は思っています。
相手が「世間」にいる人だと、こんな言い方はしません。友達だと「音、ちょっと下げない?」でしょうか。相手が上司や先輩、または部下とか後輩でもいきなり叫ぶということは、性格に問題のある上司や先輩でない限り、あまりないでしょう。
でも、相手が「社会」に属している人だと、なかなか言えなくて、ガマンにガマンを重ねて、結果、爆発して「いい加減にしろよ!」となることがあると思うのです。
もしくは、関係のない相手だから、遠慮なく怒鳴る、ということもあるかもしれません。
この時、「いきなり怒鳴らなくてもいいでしょう」と叫ばれた人が言ったとして、「そんな大きな音を漏らしても平気な奴は、怒鳴らないと分からないんだ」と叫んだ人が答えたとしたら、この状態を「『社会』に対する信頼が足らない状態」だと僕は思っています。
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