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マスク非着用解雇とホームレス避難所拒否に思う、日本人の“感情のルール”

マスク解雇に思う、同調圧力の怖さと、世間と社会の対立

ドン・キホーテのピアス 鴻上尚史 ニュースで、「職場でマスクを着用しないことを理由に、雇用を打ち切られたのは違法」だとして、訴訟を起こす男性のことが報じられていました。  男性は、「マスクを着けないのは持病の皮膚炎を悪化させないためだとし、会社側は就業規則違反を理由に雇用打ち切りは正当だと反論」しているようです。  これね、「就業規則」が根拠のようになってますけど、僕からすると、「世間」と「社会」の対立に見えるのです。

避難所にきたホームレスを断った職員

 以前、台東区の職員が、台風で小学校の体育館に避難しようとしたホームレス2人を断ったということがニュースになりました。  これに敏感に反応したのが、ブレイディみかこさんの中学生の息子さんでした。  ホームレスを追い出して、もし台風の中で死んだら、職員は殺人をおかしたことになる。そのことを考えたら、どうして断れるのだろうかと。  でも、日本人である私達は、職員の気持ちは想像できます。  地域住民が避難した体育館は「世間」になりました。(「世間」はあなたと関係のある人達ですね)その反対語は、「社会」です。(あなたと関係のない人達です)  日本人は「世間」に生きていて、「社会」を無視します。  だから、ホームレスという「社会」に生きる人がどうなっても関係ないのです。  とにかく、職員は「避難所」という「世間」を守ることが重要だったわけです。  もしホームレスの人を入れて、「世間」の人達から「臭い」「怖い」「不安」と言われる心配の方が、ホームレスの人を追い出して、死ぬ可能性の心配よりも高かったのです。  こうやって「世間」を大切にして、「社会」を無視する気質は、日本人はよく分かると思います。  問題は、「世間」は中途半端にしかあなたを守ってくれないことです。  ホームレスの人達を追い出して、安心した「世間」の人達も、もし、ホームレスの人達が死んだら、「なにやってたんだ!」と職員を責めるはずです。誰も「殺人」の責任は取りたくないですからね。
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明確な基準がない“感情のルール”
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