お金

借金500万円男。惚れた馬で宝塚記念を狙い撃ち、ホテル暮らしから脱出できるのか

―[負け犬の遠吠え]―
ギャンブル狂で無職。なのに、借金総額は500万円以上。 それでも働きたくない。働かずに得たカネで、借金を全部返したい……。 「マニラのカジノで破滅」したnoteが人気を博したTwitter上の有名人「犬」が、夢が終わった後も続いてしまう人生のなかで、力なく吠え続ける当連載は55回目を迎えました。  今回はちょっと真剣に競馬と向き合ったお話です。

頭を使わないギャンブルを選んだワケ

競馬 今は割と真面目に働いているからと言うわけではないが、自分がなぜパチンコに始まりカジノにハマったのかを考えた時、「頭を使わずに」という条件が必須であることに気づいた。  麻雀もポーカーも長いことやっていたが、計算が必要な時点で一つ苦手意識が生まれ、人と人の駆け引きという点で更に心が遠のいた。そして言うまでもなくそのどちらの要素においても弱かった。類稀なる計算能力も読心術も持たない僕はそういった場所では必ずカモになり、せめて去り際だけはカッコよくあろうとし続けた。  その結果、どんなにヒリついた場面で失敗しても笑顔を絶やすことはなくなり、周囲からは「盆面(ボンヅラ)がいい」と評された。盆面とは賭け事が発生する場所での態度であり、負けた後にグチグチ文句を言ったり、負け代を渋ったり機嫌が悪くなる人間は「盆面が悪い」と言われる。  これが元々人格者であるから故のものであればまだ救いがあったのだが、僕の盆面がよかったのは「お前と遊ぶと楽しいよ」と投げられる言葉に理由をつけたかったからだ。ただ単に弱いカモだから呼ぶのではなく、盆面がよくて気が回るから呼ばれているのだと思い込みたかったからだ。  負ければ負けるほど、勝ち気が優しさに変わっていく。作り物の優しさを盾にして、自分を情けなさから守っていた。

無知は一度失うと二度と取り戻せない

 こうして僕は次第に頭を使うことから離れていき、勝ち負けの要素の大部分が運を占めるパチンコやカジノゲームが好きになっていった。もちろん超長期的に見たら運もクソもないことはわかっているが、一日かけて結果が出ればそれでいい。誰しも死ぬ瞬間まで見て生きてはいないだろう。そんなに長い望遠鏡を持って生活していたら、すぐに膝が壊れてしまう。  競馬を知った頃はパチンコやカジノゲームに近かった。G1レースは18面のサイコロを3個振るゲームだと思っていて、その組み合わせを当てにいくのが楽しかった。ギャンブル好きは一人が寂しい人種なので、競馬をやったと聞きつけると、どこからともなく人が寄ってくる。 「バカ、そんな賭け方じゃ当たらねえよ」  賭け方の妙なんて知りたくなかった。  上手い賭け方、下手な賭け方。馬体重や馬場、騎手、パドック……すべてが僕の競馬を汚していく。賭けるからにはそりゃ勝ちたいが、これで安定的に金を稼ぎたいわけじゃない。この気持ちが中々伝わらない。  愚かだろう、バカだろう、損をしているのだろう。  そう教えてくれた人は何人もいたが、愚かではなく、バカではなく、損をしていないほうがいい理由を教えてくれる人はいなかった。 「知ってしまった僕」は「知らなかった僕」にはもう戻れない。知識とは、賢さとは、不可逆的なものなのだ。無知は一度失うと二度と取り戻せない。
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好きだから買おうと思った馬
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