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『はいからさんが通る』少女マンガなのにヒロインが酒乱!?ーー南信長のマンガ酒場(5杯目)

登場人物のほとんどが酒乱!?

 一度は禁酒を誓ったものの、舞踏会で出されたカクテルをジュースと間違えてガブ飲みしてひと暴れ。シベリアで戦死したはずの少尉が生きているかもしれないとの情報を確認しに行った満州で、人違いと知って落胆のあまり酒ガメに飛び込み自殺未遂。ともに職業婦人となった環と久しぶりの再会を祝して痛飲後、路上で爆睡。思想犯として投獄された牢屋の中でも酒盛り……と、酒にまつわる紅緒の暴走エピソードは枚挙にいとまない。

酒盛りのシーンが心底楽しそうに見える理由

 紅緒が満州で出会った少尉の戦友・“黒い狼”こと鬼島が帰国して伊集院家に下宿することになれば、さっそく歓迎の酒盛りを開く。「酒盛りだなどとまったくもう……情けない/ただでさえ下宿人などと格調高いこの家にあるまじきこと……」とぼやく伊集院家のメイド長・如月に「わかったわかった/格調高く酒盛りをすりゃいいんでしょーが」と軽~く返した紅緒が繰り出した宴会芸(?)が「かくちょうの湖」。こんなくだらないダジャレでも爆笑してしまうのが酔っぱらいの酔っぱらいたるゆえんである。
図3_「新装版はいからさんが通る」4巻p126

【図3】「格調高い酒盛り」で「かくちょうの湖」を踊る紅緒。大和和紀『新装版はいからさんが通る』(講談社)4巻p126より (C)大和和紀/講談社

 この狼藉ぶりに激怒する如月だったが、伊集院伯爵(少尉の祖父)に「そちもどうじゃ」と半ば強引に勧められ、グイッと飲んだところで態度が豹変。伯爵から酒瓶を奪い取り、一気に飲んだあげく、「ひんしのかくちょう」を踊り出す。それを見ていた紅緒いわく、「早い話がはいからさんの登場人物って/ほとんどが酒乱の気なのよねー」。  そう、紅緒の酒乱ぶりが目立ってはいるが、実は環も酒乱、紅緒の父も酒乱、もしかしたら蘭丸もちょっと酒乱、ついでに「酒乱童子」なんてマスコット的キャラまで出てくるほどで、みんな酒乱なのである。少女マンガでも酒癖の悪いキャラが出てくることはたまにあるが、ここまで全面的に酒乱をフィーチャーした作品も珍しい。 『文藝別冊・総特集 大和和紀』収録のインタビューによれば、紅緒が酒乱キャラになったのは当時の担当編集者が酒乱だったのがきっかけとか(酒乱童子のモデルもその編集者)。作者自身は当初はさほど飲んではいなかったものの「酒乱の担当さんと仕事をしているうちに、どんどん飲めるようになってしまいました(笑)」というから、酒飲みの素質はあったのだろう。さらに「当時のアシスタントさんたちも酒豪が多くて。めちゃくちゃ飲む人ばっかりだったんですよ~。私の生涯でも一番お酒飲んだ時期でした(笑)」とも語る。そういう状況で描かれたからこそ、酒盛りのシーンが心底楽しそうに見えるのだ。  さまざまな障害を乗り越えて、最後は無事に少尉と結ばれる。その結婚式で「花嫁のご感想をひとこと」と問われた紅緒はこう答える。 「ありがとう! みなさん! こっ…これで心おきなく酒乱できます」  やはり少女マンガ史に残るヒロインである。 文/南信長●1964年大阪府生まれ。マンガ解説者。著書に『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『やりすぎマンガ列伝』『1979年の奇跡』がある
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