SNSでバズりまくる「コロンビア大卒のギャル准教授」が、帰国して驚いた“日本の常識”
ニューヨークでアングラ文化に傾倒
──学生時代は、いわゆる問題児だったのですか?
BossB:YouTubeの動画では冗談半分に「女版・桜木花道!」とか言っちゃったけど、別にヤンキーではなかったです。でも反骨精神むき出し。高校生になるとアナーキズムの本を読んだりしながら、「自由ってなんだ? 真の教育を受けたい!」と叫び、宇宙について学ぶうちに「私が生きている意味は何? 生きるとは?」と内省しはじめました。それらの答えを求めてニューヨークと宇宙を選んだんですよ。ニューヨークがヤバそうでかっこいいから、というチャラい理由もありますが(笑)。
──大学時代はニューヨークのアングラ文化やアナーキーな政治活動に興味を引かれたとか。
BossB:当時のニューヨークはまさにバットマンで描かれるゴッサムシティみたいな感じの街も残っていました。貧富の差が激しく、犯罪も多いのはアメリカの良くない面ですが、メインストリームから離れた怪しい雰囲気のストリートから、新しい文化や発想が生まれるような気がするんです。そんな当時のニューヨークが私は大好きでした。パンクロッカーやアナーキストたちとつるんでは、夜な夜なパーティにも行ったし。当時、オランダなどでは富裕層が投機目的で購入して廃墟化した住居に住み着いて居住権を得る「スクワット」が認められていましたが、ニューヨークもスクワットだらけでしたね。
──大学卒業後は研究者になられますが、その後は子育てに専念されたそうですね。
BossB:博士号取得後、研究者になりましたが、子どもが生まれた瞬間、育児に100%情熱を注ぎたいと思ったんです。研究所を辞めて7年間、子どもとカリフォルニアで幸せな時間を過ごしました。何か手当があったわけではありませんが、私は楽感的で、遠い将来のことはあまり細かく考えないタイプ。今自分が何をしたいかに忠実に、情熱の傾く方向に突き進んできただけです。
──収入源がないなかで、一体食い扶持はどのように……?
BossB:貯金もしていなかったから、貧乏生活でしたよ。アメリカ政府からフードクーポンをもらったり、当時大学院生であったパートナーの大学に行って、食べ放題の大学食堂にもよくお世話になりました。ヒッピー的なライフスタイルでノーメイクだし、髪の毛も伸びっぱなし。髪も7日に一回くらいしか洗っていませんでした。どーにかなると思っていたので、育児に全力を注いだ7年間は本当に楽しかったですね。あっ、でも今自分の老後を見据えると、もっと早くから金のこと考えておけばよかった(笑)。だから子どもにはお金のことも考えろとは言うけど。
──世間に流布するフェミニズム的な論調では、キャリアは続行すべきと言われています。
BossB:「は? 何それ?」って感じ。まず、社会一般では男性を基準として、それが「普通」とされていますよね。「普通」の男のように働くことがフェミニズムではない。彼らが定める枠内に当てはまらない「縁」にいるすべての人々の多様性と多様な生き方を奨励するのがフェミニズムだと私は思っています。だから、「女性はこうしなきゃいけない」なんておかしいし、私は拒絶します。だって、女性というか人の生き方は一つじゃないから。100%で育児をしてから、生きていくために仕事をする。あるいは新しい情熱に向き合い自分のやりたいことをやる。いつからでも遅くないし、こんな生き方もひとつのロールモデルであってもいいのではと思って発信しています。
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