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ダルビッシュの心情まで伝えた通訳の“ファインプレイ”

ダルビッシュ,二村健次

ダルビッシュと通訳の二村健次氏

「I just wanted to shut all of the people up who were talking about my fastballs(自分のファストボールについて、あれこれ言う人たち全員を黙らせたかった)」

 6月30日(現地)のシンシナティ・レッズ戦で、ひと月半ぶりとなる今季8勝目を挙げたテキサス・レンジャーズのダルビッシュ有。試合後、記者会見でダルビッシュ本人が発したとされる言葉が、米メディアを賑わせた。

 5月16日のデトロイト・タイガース戦に勝利したのを最後に、7試合勝ち星から見放されていたダルビッシュ。エース格のダルビッシュは、ローテーションの巡り合わせから相手のエース級とマッチアップする試合が多く、必然、味方打線のサポートに恵まれない試合が増えた。この間のピッチング自体は決して悪くはなかったが、現地メディアは勝ち頭だったダルビッシュが“勝てなくなった原因”を探し始めていた。

 多くの地元記者は、ダルビッシュの“配球”に問題があると唱え「調子の良い時は速球主体の攻撃的なピッチングをしていたが、最近は変化球に頼り過ぎていた。速球の割合を増やすべきだ」と論じていた。

 久々の勝利を挙げた30日の試合では、地元メディアの批判を一蹴するかのように、速球主体のピッチングでレッズ打線を圧倒。前の試合まで50%を切っていた速球の割合は72%に上り、7回途中まで無失点に抑えた。

 試合後の記者会見である記者が、この試合で速球が増えた理由をダルビッシュに訊ねた。ダルビッシュは質問に対し、やや怪訝そうな表情で一言、「周りがうるさいから……」と回答。この言葉が、通訳により冒頭の「I just wanted to shut up(黙らせたかった)」というフレーズに英訳され、『ESPN』『FOX SPORTS』『ダラス・モーニング・ニュース』など主要メディアで大々的に紹介されたのだ。

◆ダルビッシュの“心情”まで伝えた通訳の二村氏

 ダルビッシュ本人が日本語で発した言葉に比べ、「shut up」はトゲのある強いフレーズに感じられる。しかしこれは、通訳の二村健次氏による“ファインプレイ”といえよう。

 先述の通り、ダルビッシュは勝てない時期が続いていたものの、ピッチング内容自体は決して悪くはなかった。また、ダルビッシュは調子の善し悪しに限らず、小さな修正を繰り返しながらマウンドに上る投手だ。こうした細かな工夫に気付かないメディアが的外れな質問を繰り返し、あることないこと書き立てることに、ダルビッシュはフラストレーションが溜まっていたのだろう。「周りがうるさいから……」と答えたダルビッシュの表情には、明らかに苛立ちが見えた。

 ダルビッシュの心中を誰よりも知るであろう人物は、今季ダルビッシュの専属通訳を務めている二村氏だ。二村氏は、敢えて強い口調のフレーズで記者の質問に答えることで、ダルビッシュを苛立たせるメディアに“牽制球”を投じたように映った。あるいはダルビッシュ自身が事前に「強い口調でお願いします」と、二村氏にお願いしていたケースも考えられる。いずれにせよ二村氏は、ダルビッシュの言葉だけではなく、ダルビッシュの感情やストレスも含めて翻訳したように見えた。

◆「コンドーム」がマウンド上のプレート?

黒田博樹,二村健次 二村氏は2008年から4年間、ロサンゼルス・ドジャースで黒田博樹(現ニューヨーク・ヤンキース)の通訳を務めていた。スペイン語も流暢で、昨今メジャーリーグで一大勢力を誇るラテン系選手たちの通訳も自ら買って出ていたという。異国で戦う外国人選手たちの苦しさを、誰よりも知る人物だ。

 多国籍、多文化のメジャーリーグの世界において、通訳とは「外国語を訳せる人」に留まらない。コンドームを意味する「rubber(ラバー)」はマウンド上のプレートを指し、「Broadway(目抜き通り)」は「ど真ん中の甘い球」を意味する。豊かな比喩を楽しみながら、瞬時に野球用語をイメージできる柔軟な対応力がモノを言う。

 彼らは多様なバックグラウンドを持つ選手たちの架け橋となり、コミュニケーションの起点(ハブ)となる。メジャーリーグは今年から、これまで禁じてきた通訳のベンチ入りを認めるルール改正を行った。クラブハウスの多様化が進む昨今、通訳の重要性は増している。

 昨年、ダルビッシュの通訳を務めたジョー古河氏(現レンジャーズ環太平洋担当国際スカウト)は、地元記者が選ぶチームの「グッドガイ賞」を受賞し、球団のファン感謝イベントで表彰された(→http://nikkan-spa.jp/372937)。通訳も、チームでは“ファミリーの一員”として大切に扱われる。

 ダルビッシュは毎試合後、必ずメディアを前に記者会見を行う。本人が発した生の言葉が、英語にどう変換され、現地のメディアがどう紹介するかに注目するのは、野球のもう一つの楽しみ方だ。そこには、通訳の細やかな心遣いや思い切った言葉選びを、垣間見ることができる。

<取材・文/スポーツカルチャー研究所>
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海外スポーツに精通したライターによる、メディアコンテンツ制作ユニット。スポーツが持つ多様な魅力(=ダイバーシティ)を発信し、多様なライフスタイルを促進させる。日刊SPA!ではMLBの速報記事を中心に担当




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