3人組ハードロックバンド「
人間椅子」は活動27年目。昨今のブレイクの裏には、これまでの「売れない」「アルバイト生活」という苦しい時代があった。それでも音楽を続けてきた彼らにはさまざまな葛藤や苦悩があったはず。ギターヴォーカルを務める和嶋慎治氏は御年50歳。今回、哲学ナビゲーターでもある日刊SPA!で連載中のコラムニスト・原田まりるが「哲学」「創作」というキーワードをもとに、和嶋氏に直撃した。
原田:和嶋さんのように好きなことを追求して生きたいって人はたくさんいると思うんですけど、若い頃はたくさん悩まれていたんですよね?
和嶋:バンドの売り上げも伸びない頃は、孤独を感じながら悩んでいましたね。それでも音楽は続けたいと思っていたから、アルバイトをしながらアルバムを作って。アルバムを作るときって、長期的に休まなければいけないから単発のアルバイトしかないんです。仕事を転々としながら、「俺の人生なんだろう」って、「自分は好きなことをやっているつもりなんだけど、この生活の苦しさはなんだ」と。「人間はなんで生きているんだ?」「働いているのにこの金額か?」「俺は奴隷となり、このまま消耗して死んでいくこんな人生か」と生きている意味を問うようになり……。気分転換に音楽を聞いたり、小説を読んでも解決策はありませんでした。それで、とりあえず哲学書を読むようになったんですよ。
原田:どんな本に救われましたか?
和嶋:ニーチェには救われましたね。勇気を与えてもらいました。ちょうどあれは19世紀の産業革命のときで、人間が人間性を失われていくのではないかと言われていた頃に書かれていたので、今の時代を予言しているわけです。いずれ人間は畜群になっていくんだっていう言葉に、そのとおりだよなって。産業革命が進んで、みんなは生活がよくなったと思っているけど、いい奴隷にされちゃっているわけです。ニーチェはそんななかでも本来人間は力があって自由なものだから、畜群になってはいけないよと説きました。そうだよ、俺はそういう風になりたいなと。勇気をもらいました。そこから彼の師匠のショーペンハウエルとかまで読んで、どんどん心が救われていきましたね。
原田:正解を考えるというよりも、正解に反応するみたいなかんじですかね。あと、ショーペンハウエルの「音楽が苦悩からの救済となる」というところに和嶋さんは惹かれたのではないでしょうか?
和嶋:そうですね、そうことも書いていましたね。『
読書について』もおもしろかった。ショーペンハウエルは、「いい本ってその人に語りかけてくるようだ」って言っていました。だから引用のような作品って中身が浅いし、書いた人が見えてこない。ショーペンハウエルは、当時の作家はダメだって言っていました。あたりさわりのないものが売れちゃうのは今と変わらない時代だったんだね。そしてまた、匿名で責任を負わないでものを書いていると人間性が損なわれるって、200年前から言っていたんですよね。
原田:今のネット社会では、匿名でひどい言葉が飛んできたりしますよね。それまではあえて言わなかったような、心のなかにある言葉が簡単に聞こえてくるようになりました。そう考えると、他人ってとても怖いと思います。
和嶋:でもね、それは自分自身だって心にのなかにあるんですよ。そう思えばそんなに腹は立たない。だからと言って、僕は「なんだよ!」って人に噛みついたりしません。だって、他人から「なんだよ!」が返ってくるから。匿名というテクニックを使っていたら、幸せになんかなれないんです。
原田:和嶋さんは、人は怖いとは思わないですか?
和嶋:それは何千年も前から、「人間は恐ろしい」って言われているわけですから。結局、昔からちっとも変わってないんだよね、人間って。今はネットというやり方の形が変わっているだけで、本質は何も変わってない。いずれにしても、匿名というのはよくないと思う。発言するなら、自分の名前で伝えるべきですね。
50歳を迎えて死ぬことにそれほど怖さはなくなった
原田:人間椅子さんの新しいアルバム『
怪談 そして死とエロス』は、「死」というのがひとつのテーマになっていますが、「死ぬ」ということに対しては、怖さは感じないんですか?
和嶋:それほど怖くはない。今はそう思いますね。僕が悩んでいたときに芽生えたことがありまして。結局人間にとって一番大事なものって、誠実さだって気付いたんですよ。美しく生きたいって。何か啓示のように降りてきた。言葉にするとそういうかんじで。自分のなかにぐっときたんです。
原田:世間に対して誠実ということですか?それとも自分の気持ちに対して誠実ということですか?
和嶋:概念としての誠実ってことですかね。生き物としてちゃんと生きるっていうか。それを具体的行動にうつすとするならば、自分に正直に生きるということ。人をだまさないとか、ウソをつかないとか。そういうふうに生きられれば、なんも悩むことはないと思ったんです。そこに気付いてからは、いろんなことが腑に落ちまして。たとえばお釈迦様の縁起説というのがあるんですよ。僕は学生の頃、仏教をかじっていたんですが、それまで仏教にピンとこないままにやってきて。魂、もしくは仏性というのが自分のなかにあるとしたら、今の肉体は着物みたいなものだってようやく気付くことができました。
原田:肉体は、この世で生きていくための物体に過ぎないと……。
和嶋:それがないと現世で生きられません。仮に幽霊がいて、僕を見たら「いいなぁ~」って言うと思うんです。そういう意味でもカラダを大事にしなきゃいけないし。だから、肉体が亡くなることがあっても、魂自体がなくなるものではないと思ったんですね。
原田:カラダが死んでも、自我は残るって考えられるんですか?
和嶋:それはそうでもないかなって思っています。自我っていうのはエゴなもので、これがないと他人と区別つかないんです。死んだら、大きいところに吸収されて、自我は消えてしまうかもしれない。でも魂はある。そう考えたら以前よりも、死がすべての終わりとは思わなくなりました。まぁ、僕自身はオカルトも好きだし、臨死体験の本とかよく読みますし。体験した人はあの世を見たりしているようです。あの世はあの世で世界がある。そんな怖いものじゃないかなと想像しています。
原田:どういう感じで肉体の死を迎えたいと思いますか?
和嶋:畳の上で死にたいです。何年も病気で寝たきりというよりは、ああ寿命だなと思いながら、自宅で死にたいですね。生き切ったと思いながら。まだそのときも次の仕事とかも抱えててね。今のように音楽活動をやれていたら、一番いいですね。
次回、「創作者は面倒な生き方をしているのか?」について
後編で迫ります。
【和嶋慎治】
1965年、12月25日生まれ。青森県弘前市出身。高校時代の同級生である鈴木研一(ベース)と人間椅子を結成。ギターとヴォーカル、作詞作曲を担当する。近年は、ももいろクローバーZの楽曲のギターとして参加したり、声優・上坂すみれへの楽曲提供もする。和嶋慎治監修のムック本「
和嶋慎治 自作エフェクターの書『歪』」も発売中。人間椅子の最新アルバム「
怪談 そして死とエロス」は2月3日発売。2月19日からは全国ツアーを開始
【原田まりる】
1985年、2月12日生まれ。京都市出身。コラムニスト。哲学ナビゲーター。高校時代より哲学書からさまざまな学びを得てきた。著書は、『
私の体を鞭打つ言葉』(サンマーク出版)。レースクイーン、男装ユニット「風男塾」のメンバーを経て執筆業に至る。哲学、漫画、性格類型論(エニアグラム)についての執筆・講演を行う。Twitterは
@HaraDA_MariRU
原田まりる オフィシャルサイト
https://haradamariru.amebaownd.com/
<取材・文/小野麻衣子 撮影/渡辺秀之>