更新日:2017年11月30日 14:33
スポーツ

爆走するストーンコールド―追走するロック――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第276回(1998年編)

WWEオフィシャルRAWマガジン表紙

ストーンコールドは全米生中継“ロウ”2時間ワク内で毎週、乱入行為をくり返し、クォーター・アワー(15分刻み)ごとの番組視聴率をほとんどひとりで稼ぎ出していた(写真はWWEオフィシャルRAWマガジン表紙より)

 “プロレス言論人”ブレット・ハートが去ったあと、“悪ガキ”ショーン・マイルズのおちゃらけ路線はますますエスカレートしていった。  その団体の基本モード、あるいは方向性というものはそのときのチャンピオンのキャラクターによって決定づけられてしまうものなのだろう。ショーンがWWE世界ヘビー級王座をキープしているあいだは“ロウ・イズ・ウォー”の番組カラーも必然的にマイケルズとその仲間たちを主人公とした連続ドラマとしての色合いが強くなった。  1998年1月の時点でのWWEのトップグループはショーン、“ストーンコールド”スティーブ・オースチン、ジ・アンダーテイカー、ケン・シャムロックの4人。そのすぐうしろににインターコンチネンタル王者ロッキー・メイビア、ヨーロピアン王者ハンター・ハースト・ヘルムスリー(トリプルH)、WWE世界タッグ王者ジェシー・ジェームス&ビリー・ガンのニューエイジ・アウトローズ、ケイン、ベイダー、ミック・フォーリーらがつづいていた。  ライバル団体WCWにトップクラスの選手たちをいくら引き抜かれても、すぐにまたそのポジションがきれいに埋まってしまうのがメジャーWWEの底力だった。
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トップグループの仲間入りを果たしたトリプルHは…
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