プロレス・マスコミは日本にしか存在しない仕事――フミ斎藤のプロレス読本#005【プロローグ編5】
ハンセンとブロディはやっぱりどこまでも特別な存在だった。日本にやって来る外国人レスラーたちのほとんどは、プロレス・マスコミの記者――たとえば、ぼくとか――がじっさいにどんな仕事をしているかをあまりよく知らない。
ぼくはその夜、不思議な体験をした。ふだんあまり書かない試合リポートを担当することになったぼくは、新日本プロレスの『SGタッグリーグ戦』最終戦を取材するために浜松に出張した(1992年10月21日)。
試合が早めに終われば新幹線に乗って東京に戻れるが、長びけば当然、電車はなくなる。どちらにしても、全試合終了まで見届けなければならない。
長州力、橋本真也組と馳浩、佐々木健介組による同点決勝戦が終わったのは午後10時ちょっと前だった。最終の新幹線にはもう間に合わない。どうしても東京に戻らなくてはならなかったぼくは、マサ斎藤にお願いして外国人選手用のバスに乗っけていただいた。
バンバン・ビガロがいた。スコット・ノートンがいた。トニー・ホーム、ジム・ナイドハートもいた。ペガサス・キッド(クリス・ベンワー)はヘッドホンを頭につけたままクークーといびきをかいていた。
新日本プロレスでの初めてのシリーズ出場でちょっと緊張していたのか、ディーン・マレンコはじっと黙っていた。“Zマン”トム・ジンクはビールをあおってちょっぴり酔っぱらっていた。
みんな、知っている顔だ。ぼくは彼らとおしゃべりをはじめた。もちろん、プロレスのおはなしだ。プロレスこそが共通の言語である。レスラーとレスラーが向かい合っても、けっきょく、しゃべっていることはプロレスのことだけだ。ぼくはためらうことなくボーイズの会話になかに入っていった。
そのうち、ジンクが妙にぼくにからんできた。全日本プロレスに来ていたころ、スタジオ撮影の取材にアテンドしたり、後楽園ホールの通路などでよく顔を合わせていたぼくが、こんどはどうして新日本プロレスの試合会場にいて、しかも、移動バスに乗っていたかが理解できなかったらしい。
「お前はどっちのオフィスで働いているんだ?」とジンクが問いつめるような口調で話しかけてきた。
「ぼくはマガジンのライターです」
ぼくの返事を聞いて、ジンクが“ふんっ”と鼻で笑った。
「ブロディから聞いたことがあるぜ。『ジャパンのプレスの野郎ども、なんでも知ってやがるんだ』とな」
ブロディの名を聞いて、ぼくの背筋は凍りついた。バスは真っ暗な高速道路を走りつづけた――。(つづく)
※この連載は月~金で毎日更新されます
文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

斎藤文彦
―[フミ斎藤のプロレス読本]―
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