瞳の奥にやさしさと理解の笑みをたたえていたビガロ――フミ斎藤のプロレス読本#072【WWEバンバン・ビガロ編エピソード7】
WWEをやめて、しばらくのんびり暮らそうかと思っていた矢先に“U-JAPAN実行委員会”のエージェントを名乗る人物がコンタクトを取ってきた。
プロレスではなくプロフェッショナル・ファイト――MMA(ミックスト・マーシャルアーツ)という名称はまだ“発明”されていなかった――のリングで“怪人”キモと試合をしてほしい、というオファーだった。
プロモーターが欲しがっているのは、バンバン・ビガロというプロレスラーのポピュラリティー(人気・大衆性)なのだということはすぐにわかった。
ビガロは“残酷タフマン・コンテスト”としてスタートしたころのUFC(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ)の熱心な視聴者だった。
「リングに上がって裸になって闘うスポーツに“高い”も“低い”もねえよ」がビガロの持論である。
プロレスがものすごく高尚なジャンルだとはいわないけれど、ほかの格闘技がプロレスよりも上だったり下だったりなんてことがあるはずない。みんなそれぞれのリングでそれぞれの技術をみがけばいい。「勝手に生きろ」なのだ。
プロレスのリングで起こることはすべてプロレスの範ちゅうのなかにあるもの、と考えておけばいい。オクタゴンのなかで起こることは、やっぱりオクタゴンのなかでしか起こらないサムシングである。
ビガロは、キモを相手にプロレスの試合をするつもりはない。お茶目な側転もやらないし、ダイビング・ヘッドバットも封印する。
相手の顔をぶん殴ってノックアウトするか、どこかをキメてタップアウトさせるための闘いだから、あそこをこうやって、ここをこんなふうにすると勝てるというセオリーのようなものがある。
思ったとおりに動ければこっちのものだし、ちょっとでもヘマをしたらやられてしまう。どっちにしても、そんなに長いファイトにはならない。ビガロのプロレスをよく知る者にとっては退屈な試合になるだろう。
ほんとうは、ビガロにとってはオクタゴンよりも四角いリングのほうがずっとずっと心ときめく場所であることはいうまでもない。
プロレスのリングではどんなことだってできる。ビガロは、瞳の奥のほうにやさしさと理解と献身の笑みをたたえていた。(つづく)
※文中敬称略
※この連載は月~金で毎日更新されます
文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

斎藤文彦
―[フミ斎藤のプロレス読本]―
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