薄毛家系に生まれた男の“忘れられない思い出”――爪切男の『死にたい夜にかぎって』<第4話>
久しぶりに二ヶ月ほど伸ばした私の髪の毛は、前頭部から頭頂部にかけて全体的に薄毛が目立つひどいものだった。見たくなかった現実に打ちのめされつつも、刈る髪の毛の量が増えたことを喜ぶアスカの笑顔を見ていると「まぁいいか」と思えた。今まで死んだような顔で生きていたアスカが、私の髪の毛が伸びる二ヶ月先を楽しみに毎日を必死に生きている。こんなに喜ばしいことはない。薄毛頭から坊主、坊主から薄毛頭、また薄毛頭から坊主へと、狂った変遷をたどる私のヘアスタイルを見かねた職場の同僚が「ずっと坊主にしておいた方が絶対いいっすよ」と真剣な顔で言ってきた。同僚が渡してきたあたたかい缶コーヒーを受け取って「ありがとう」と薄毛頭の私は言った。
事件はまた起きる。
「飽きちゃった」
「アスカは飽き性だもんね」
「うん」
「髪の毛の量を増やしてあげたいけど、ロン毛は勘弁してくれ」
「うん、さすがに可哀そうだもんね」
「……ありがとう」
「じゃあ、変な髪の毛にして遊んでいい?」
「え」
「右半分だけ坊主とか、落ち武者みたいにするとか」
「さすがに会社の人に怒られるよ」
「会社に行かなくていいから、その変な頭で私と一日だけデートしてよ」
「……」
「……」
「それならいいよ」
「ありがと!」
「でも、遊園地とか人の多い場所は嫌だよ」
「そうだよねぇ……」
「どこか近場で許してくれない?」
「いい場所あるかな……」
「オリジン弁当に買い出しデートじゃダメ?」
「……」
「変な頭で弁当買うぐらいなら耐えられる。いや、耐えてみせる」
「あはは」
「……」
「そのあと変な頭で弁当食べるところまでがデートね」
「……」
「じゃあさっそくやりますか!」
オリジン弁当の店員さんを犠牲にして、私達の愛は深まった。
デートに満足して昼寝をするアスカのかわいい寝顔を横目に、バリカンで自分の頭を綺麗な坊主頭に整える。そんな時間が本当に幸せだった。アスカと別れてからもずっと私は坊主頭のままだ。また自分で髪の毛を刈る日々が帰ってきた。薄毛の家系に生まれて本当によかった。そのおかげで、忘れることのできない素敵な思い出ができたのだから。風俗に行った時『工業哀歌バレーボーイズ』の谷口のように「坊主頭をあそこに擦りつけていい? 坊主頭クンニ」と冗談を言ったら、風俗嬢に本気で怒られた情けない思い出もある。たくさんの思い出がつまったこの坊主頭で、明日も笑顔で生きていく。
文/爪 切男’79年生まれ。会社員。ブログ「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」が人気。犬が好き。 https://twitter.com/tsumekiriman
イラスト/ポテチ光秀’85年生まれ。漫画家。「オモコロ」で「有刺鉄線ミカワ」など連載中。鳥が好き。 https://twitter.com/pote_mitsu
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