人形ならなにをしてもいいのか問題
――本作には、他にもパペットによる過激なわいせつ表現や残虐表現がたくさん出てきます。人間が実写でやったら問題になるようなことが、人形だとどこかコミカルに見えて許されてしまうのは、よく考えると不思議ですね。
菊地:私の講義では、まさにそのことを扱った「人形ならなにをしてもいいのか問題」という回があります。
イギリスの伝統的な人形劇『パンチ&ジュディ』や、日本の『ひょっこりひょうたん島』、また、『サウスパーク』のクリエイターたちが作った映画『チーム★アメリカ/ワールドポリス』、テディベアをさまざまな方法で処刑していく『テッドです!』などを紹介しながら、人形がいかに過激表現を歴史的に担ってきたのかを考えるんです。
――人形がひどい目に遭う/ひどいことをする作品というのは、けっこう“あるある”なんですか?
菊地:人間がやるといろいろ問題になるので、人形を介することで言いたいことを言う/やりたいことをやる文化、というのはどこの国・どこの時代にもある程度存在しています。特に抑圧が厳しいときに発達する表現で、例えばヨーロッパでは東欧のほうが人形劇が盛んだったりするんですよ。
――へえ、それは面白い傾向ですね。
血ではなく綿が飛び散る、パペットの凄惨な殺害現場
菊地:そういえば、『チーム★アメリカ~』にも人形同士のSEXシーンがあります。なんかSEXシーンの話ばっかりで申し訳ないですけど。
――いえいえ(笑)。『パペット大騒査線〜』は全米ではR指定なのに、日本ではPG-12指定とだいぶゆるいレーティングで公開されているのも興味深いと思いました。日本のほうが“人形なら許される度”が高いんでしょうか?
菊地:ただ、“人形なら許される”というのは、裏を返せば人形による表現がナメられているということでもあると思うんです。影響力を持たないと思われているから自由度が高いわけで。
逆に、人形劇が規制されるようになったら、権力側がなんらかの理由でナーバスになりすぎているか、人形劇の力が強くなりすぎているかのどちらかだと言えるでしょう。どちらもあまり健全な状況とは言えないので、PG-12指定はちょうどいいくらいじゃないかと個人的には思いますね。
――本作で刑事コニーを演じるメリッサ・マッカーシーは、今年のアカデミー賞でも主演女優賞にノミネートされた実力派。まさか彼女がこんな映画に出るなんて……という驚きもありました(笑)。
菊地:私も、彼女の頑張りには感動しました。人形相手の演技って難しくて、いかに人形との関係性を構築できるかが課題だと思うんです。でも、少なくとも劇中のあの世界では、人間と人形がちゃんと共存しているように見えた。それはかなりの部分、彼女の“メリッサ力(りょく)”に支えられていたと思います。
――本作は、人間とパペットの友情を描いたバディものと言えますが、そういう映画って他にもありますか?
菊地:もちろんたくさん存在しますが、意外なところだと『チャイルド・プレイ』シリーズも、人間と人形の友情ものなのでは……と私は思っています。ご存知の通り、殺人鬼の魂がチャッキーという人形に乗り移り、アンディという少年の肉体を奪おうとする話です。
でも、チャッキーは屈強な大人たちはバンバン殺せるのに、ことアンディに対しては連戦連敗でまったくうまくいかないんですよ。これって何か裏があると思いませんか?
――アンディに対してツンデレ的な感情がある、とか?
菊地:少なくともチャッキーはアンディに遊んでもらいたいだけ、という可能性は否定できない気がします。そういう意味で『チャイルド・プレイ』は、『トイストーリー』のような泣ける話でもあると思うんです。偶然にも、主人公の名前がどちらもアンディだし。
――ちなみに、『チャイルド・プレイ』にSEXシーンは……?
菊地:シリーズ4作目に出てきますね。
――やっぱり!(笑)