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電車内でマウントし合っていた男女の会話は、とんでもない方向に舵を切った――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第45話>

 昭和は過ぎ、平成も終わり、時代はもう令和。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか――伝説のテキストサイト管理人patoが、その狂気の筆致と異端の文才で綴る連載、スタート! patoの「おっさんは二度死ぬ」【第45話】髪フェチと電車  僕は髪フェチだ。そう、髪フェチだ。髪が好きなのだ。  綺麗な髪を見ると異様に興奮するし、髪が綺麗、というだけでかなりポイントが上がる。良い匂いとかしてきたら最高だ。下手したら異性を見るときに髪しか見ていない節があるくらいだ。  フェチとは、もともとはフェティシストの略だ。特定の物や種類、事象に異様な偏愛、執着、性的興奮を覚えることを言う。そういった意味では偏愛が過ぎるし、やはり僕は髪フェチなのだと思う。  髪フェチは時に不遇だ。  例えば、今この文章を読んでいる読者の方の大半は下着フェチなはずだが、その下着フェチ、下着なんかの何がいいのか全然分からないが、その喜びは極めてイージーだ。だって下着があればいいのだから。  突如として家に宅配便が届き、なんだろ? と開けてみたら大量の下着が詰まっていた。これには単純な下着フェチも大喜びだ。狂喜乱舞するかもしれない。  その点、髪フェチは難しい。  突如として家に宅配便が届き、なんだろ? と開けてみたら大量の髪が詰まっていた。たぶん腰が抜ける。ヒィ! とか叫んで箱ごと投げ出し、部屋の隅でガタガタ震える。そういった意味では髪フェチはかなり繊細なのだと思う。  それ以外にも、多くの人が髪フェチと聞くと想像する黒髪ストレートのことが別にそこまで好きではなく、綺麗な髪でその人に似あっているものならば、色や形を問わない、下手したら性別だって問わないだとか、空港のロビーでトランクを開けて荷物を詰めなおしている女性の髪が好き、だとか、自分でもちょっと説明がつかないこだわりがある。そうそう単純にはできていないのだ。下着フェチとは違う。  やはりフェチとは偏愛なので、その構成要素は複雑だ。髪フェチなので髪さえあればいい、そんなことはなくて、みんな自分のフェチだけは複雑で特別だと思っているのだ。そして、他者のフェチへの理解はない。  先日、こんなことがあった。  都心での打ち合わせで疲れ果てていた僕は、中央線に乗っていた。  中野を過ぎたあたりだっただろうか、座席に座ってウトウトする僕の目の前に、一組の男女が立った。  男性はやや年齢高めで、若者の範疇から少し出たような感じだ。「そろそろ俺もおっさんだよ~」と自虐が始まるくらいの年齢だ。女性の方はそれよりやや若いくらいだろうか。二人はなにやら熱心に会話しながら吊革につかまっていた。 「昨今の英語教育は文法中心で発音をないがしろにしがちで……」 「それよりも、本当に使える英語を教えるには発音記号が……」 「それは理想としてわかるが、そもそもそれを教えられる教師がどれだけいるのか」  二人の会話はとてもお堅いものだった。そういった教育関係者なのか、延々と“英語教育とは”みたいな話をしていた。  人の会話を盗み聞きしておいて失礼な話だが、まあ退屈なものだった。  ただ、どうやらこの二人、お互いにマウントを取り合う間柄みたいで、どちらが上か、どちらが理解不能な難しい話をするのか、みたいな状態になっていたのだ。 「つまり、英単語を英単語として扱うのではなく、脳の中で局在化した情報がシナプスとして伝達する際に……」  よく覚えていないけど、「なんのこっちゃ」と言うしかない話が男の口から平然と飛び出してくるのだ。  女性のほうも、それを受けて「なんのこっちゃ」みたいな顔はしない。絶対にそう思っているくせにそんな表情はおくびにも出さない。 「分かる。そもそも諧謔(かいぎゃく)としての英単語が有史以来連綿と……」  さらに「なんのこっちゃ」という話が展開していく。絶対にお互いにお互いの話を分かっていないだろう、下手したら自分でもわかっていないだろう、みたいな会話が続く。  それは本当に退屈なものだった。盗み聞きしておいてなんだけど、本当に退屈なものだった。けれども、電車が三鷹を過ぎたあたりだろうか、状況が一変した。
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まさかの変化球を投げてきた男
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pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――





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