更新日:2023年04月18日 10:56
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夏の花火と廃工場、そして”ジャンプおじさん”――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第56話>

おっさんは金がないくせに早売りジャンプの行列に並んでいた

 ジャンプおじさんは名物おじさんで、いつもデカい数珠をつけて踊るようにして行列に並んでいた。けれども、当時190円ほどだったジャンプを買うお金はなかったらしく、いつも行列に並ぶだけで売店に到達すると買わずに列から離れていた。並ぶだけで買わないなんておかしな人もいるもんだ、と眺めていた。  土曜日にジャンプを手に入れた人々は一様に笑顔だった。中学生や高校生が多かったが、もともと月曜日まで待てずに並んじゃう人種だ。その多くが待ちきれずに駅のベンチや周辺で貪るように読んでいた。  「『電影少女』だけ読ませてくれ」  ジャンプおじさんはそう言って周囲の人々に話しかけていた。『電影少女』とは桂正和先生が描く連載漫画で、とにかく女の子がかわいい漫画だ。あと尻の描写が達人の域に達している漫画だ。尻の描写が現代人には早すぎるオーパーツみたいな漫画だ。それだけを読ませてくれとジャンプおじさんは言う。  当然、貪り読みたい人々は、その申し出を断っていた。明らかに怪しい感じがするし、ちょっと小汚いジャンプおじさんの風貌に警戒心を抱いていた。ただ、行列に並ぶものの一切買わない彼に興味を持っていた僕は、買いたてほやほやのジャンプを渡し、電影少女だけを見せていた。  それから、毎週のようにジャンプおじさんに電影少女を見せる土曜日が続いた。もうおっさんは完全に僕を狙ってきていた。  「なんで行列に並ぶのに買わないの?」  そんなことを電影少女を夢中で貪り読むジャンプおじさんに質問したことがある。  「金がないから買わないけど、並ばずに見せてもらうのも悪いだろ。大人としての誠意だよ。だから並ぶ」  そう答えていた。面白い考え方だなあ、と思ったけど中学生にたかって電影少女を見せてもらうことは大人としての誠意的にどうなんだろうと思ったが、言わないでおいた。  「妻に追い出されて今はここに住んでいる。色々と疲れてな」  一度だけ、ジャンプを読み終わった後にジャンプおじさんについて行ったことがある。その道中、おじさんが自分の身の上を話してくれた。  なんでも本当はちゃんと遠い場所に家があるが、何らかの理由で追い出され、この街へと流れつき、今はここで暮らしていると、廃倉庫みたいな場所の一角に布団みたいなものを敷いて生活していた。  そこは大きな窓から港が見渡せる場所で、朽ち果てた壁からは日差しが差し込み、船のエンジン音とウミネコの鳴き声が聞こえる、そんな場所だった。埃とカビと砂の臭いが入り混じっていたけど、なんとも気持ちの良い場所だったのを覚えている。  僕はジャンプおじさんに俄然興味を持った。なぜなら、そんな大人を見たことがなかったからだ。  こういう言い方をするとなんだが、家がない人、放浪している人、いわゆるホームレスなんて存在は都会でしか見られないものだ。僕の生まれ育った田舎町の漁港には、さすがにみんな家があった。それだけに初めて見る“家がない人”という大人に、強烈な興味を持ったのだ。  本当にここで寝泊まりしているんだろうか?  興味を持った僕は夜中になるのを待ち、親に嘘をついて家を飛び出し、懐中電灯を持って廃工場に侵入した。
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おっさんが電影少女しか読まなかった理由
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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