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夏の花火と廃工場、そして”ジャンプおじさん”――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第56話>

それはまるで、電影少女で描かれる尻のようだった

 この花火は漁港の街らしく、港の岸壁であがる。盛大に上がる。街の予算を使い切らんばかりに上がる。  そして、ジャンプおじさんが暮らすあの廃工場は花火の光をもろに受ける。そしてジャンプおじさんは光にトラウマがある。  急いだ。どうなってるのか分からないが、もしかしたらジャンプおじさんは震えているのかもしれない。間隙なく轟く花火の閃光に震えているのかもしれない。とにかく走った。  花火会場が近づくにつれ、この街にこんなにも人がいたのかと思うほどに人混みが溢れてきた。廃工場に到着する。やはりあの大きな窓から花火の光が入り、ネオンのように工場内を照らしていた。  ジャンプおじさんはおしっこを漏らしていた。  廃工場の大きな機械の横に座り、おしっこを漏らしていた。  こんなにも弱く、こんなにも情けない、けれども放っておけない大人がいるんだと思った。あと、おしっこで濡れたズボンがジャンプおじさんの尻に張り付き、それが桂正和先生が描く尻みたいになっているなあ、と思った。花火があがり、その光がピンクがかった赤から緑に変わった。おじさんの尻もそれに照らされ、赤から緑に変わっていた。  土曜日がやってきた。その週は、夏風邪をひいてしまい、ジャンプ行列に並べなかった。ジャンプを読めなかったこともさることながら、おじさんに電影少女を見せることができなかったなあ、悪いことしたなあと思いつつ、2日後の月曜日に廃工場に向かった。  おじさんに電影少女を見せてあげることができなかったので、なけなしの小遣いをはたいて電影少女の単行本を買っていった。きっとおじさん喜ぶぞ、そうワクワクして廃工場に向かった。  そこに、おじさんの姿はなかった。  見つかって排除されたのか、それとも家に帰ることにしたのか、違う街に行くことにしたのか、綺麗に片づけられた寝床を見て、もうここにはいないんだと悟った。  ただ、おじさんがおしっこを漏らした機械の上に、今週号のジャンプが置かれていた。  「世話になったからな、今週は俺が買っておいたよ。なけなしの金をはたいてさ。これが大人の誠意ってやつさ」  おじさんがそう言ってるような気がした。  おじさんとの日々はまるで花火のようだった。いまだに土曜日になると思い出す。花火大会があると思い出す。土曜日のジャンプに夢中だった僕たちと、電影少女のような尻をしたジャンプおじさんを。 ロゴ・イラスト/マミヤ狂四郎(@mamiyak46
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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