ライフ

スナックで嫌われる老人と愛される老人、両者の明暗を分けたものは…?

スマートさで中村を圧倒するイズ

 ある時、お店のお客さんたちと釣りに行くことがあった。  土曜日の営業明け、つまり日曜日の早朝にそのままレンタカー二台で三浦半島に行こうという計画だった。レンタカーは喫煙車と禁煙車に分けられて、ヘビースモーカーのイズさんとわたしは当然喫煙車に押し込まれた。ワゴン車の後部座席の前列は酔いつぶれたマスターが寝っ転がって一人で占領し、わたしとイズさんは並んで後ろのシートに座った。  道中、わたしは寝るつもりだった。大量に酒を飲んでいるし、疲れているし、寝ていないし、少しでも睡眠をとらないと釣りどころではない。が、結局寝ることはかなわなかった。たっぷり寝てから来たというイズさんがずっと話していたからだ。 「ユキナ、眠くないの?」  途中、そんな質問は何度か投げかけられた。 「ぶっちゃけ眠いです」  わたしはそう言って膝掛けを顔の辺りまで引き上げて、これから寝ますよというアピールをしていたつもりだった。が、「眠いです」というわたしの言葉は見事にスルーされ、「この道、昔はこんなに広くなかったんだけどさ」と彼は新たに話を始めた。この時わたしは初めて、あ、イズさんって究極のマイペース人間だ、と気付いたのである。  彼のこの一見そうは見えない独特のマイペースさは結構見習いたいどころでもあり、習得できればかなりストレスが減るような気がしている。  中村の隣の席に座った人はたいてい喋りまくる中村の話を真面目に聞いて、そして真面目に受け答えるにもかかわらずそれを聞いていなくてひたすら話続ける中村に疲れ切ってしまうのだか、イズさんだけは疲れた顔を見せることはない。幼馴染だからというのもあるのかもしれないが、何よりお互いに聞いていないからである。  二人とも、自分の好きなことを話すだけ話して、耳に入ったワードには時折反応して揶揄したりするが、その後の相手の反論までは耳に入っていない。中村は唯一自分を構ってくれる(ように見える)イズさんのことが大好きだが、自己中なのでイズさんの話をあまり聞いていなくて、イズさんは中村(というかたいていの人)に興味があまりないから中村の話もあまり聞いていない。  二人を眺めていると、聞いていないからこそ成り立つ親交もあるのだなぁと思ったりする。とても、とても言いにくいし言いたくないし、店内でのイズさんファンとして認めたくないのだが、ある意味似たもの同士なのかもしれない。  本質的に似たもの同士なのかもしれなくても、見た目と行動によって店内での二人の評価は全く違う。いつも謎の釣りベストを着てコオロギみたいな眼鏡を掛けて泥酔する中村は面倒くさいジジイと評され女性から隣に座ることを拒絶され、清潔感のあるジャケットを羽織って泥酔しないイケメンのイズさんはスマートなお客と評され女性からちやほやされる。自分自身に問うてみてもそうかもしれない。  中村に何回も同じことを訊かれると血管が切れそうになるが、イズさんに何回も同じことを訊かれてもあらあら仕方ないわね、としか思わない。何をするにもイケメンは得だなと思って、わたしはこの世の残酷さをしみじみと感じたのでした。〈イラスト/粒アンコ〉
(おおたにゆきな)福島県出身。第三回『幽』怪談実話コンテストにて優秀賞入選。実話怪談を中心にライターとして活動。お酒と夜の街を愛するスナック勤務。時々怖い話を語ったりもする。ツイッターアカウントは @yukina_otani
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