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検事総長に対する横紙破り人事は、安倍内閣vs法務・検察の死闘の幕開け/倉山満

 一から話そう。  法務・検察は特殊な組織である。検察庁は法務省の「特別の機関」と規定されている(法務省設置法第14条)。だが、力関係は逆で、司法試験合格者の検事が集まる検察は、法務省のことを「ロジ」と呼ぶ。ロジスティックスのロジ、後方の意味だ。他の役所と違い、法務・検察の頂点は、法務事務次官ではない。検事総長だ。その検察庁のトップである検事総長をめぐり、林真琴・黒川弘務の両氏は、激しく出世競争をしていた。二人とも司法修習所35期の同期、同じ昭和32年生まれである。ただし黒川氏は2月8日、林氏は7月30日生まれである、検事の定年は63歳だが、検事総長のみ65歳だ。だから、総長になれなければ、法務・検察を去るしかない。本来は。  林氏は、「検察のエース」「保守本流」と目されていたが、安倍首相と菅官房長官に嫌われ続けた。逆に黒川氏は、引き立てられてきた。一説には甘利明氏や小渕優子氏らの疑惑事件を黒川氏が揉み消した論功行賞とも言われるが、よくわからない。  林氏の出世が阻まれること、三度! 首相官邸は、この4年間、林氏を徹底的に嫌い、黒川氏を重用し続けた。だが、誕生日のみは変えられない。  2月7日までに稲田検事総長が辞めて譲ってくれなければ、黒川氏は法務・検察を去るしかない。これが検察では誕生日が重要となる理由であり、人事を操作する奥義だ。これが、首相官邸の人事介入を受け続けた検察の奥の手だった。  長年、二人の競争を追い続けたウォッチャーは皆、「とうとう黒川氏も時間切れか」と決着を見届けようとした。5日には、検察庁内で黒川氏の送別会まで用意されていたと聞く。そんな時、青天の霹靂の如く、黒川氏の定年が半年延長された。史上初の椿事である。  検察官には定年延長の規定が無い(検察庁法第22条)。ところが安倍内閣は、国家公務員法の規定を適用した。検察官も国家公務員であるとの理由だ。こんな解釈、法制局が通したのか?  当然、国会で問題視される。国家公務員法は一般法。検察庁法は特別法。特別法は、一般法に優先する。ところが森まさこ法務大臣は「一般法は特別法に優先する」と言い切ってしまい、野党の反論になすすべがない。当たり前だろう。森法相は弁護士出身で、たまたま所管大臣に当たってやらされたが、自分がしでかした事の意味を分かっているだろうし、良心の呵責に苦しんでいるだろう。答弁はしどろもどろで、目が泳いでいる。  ちなみに菅官房長官の答弁に至っては、日本語の会話として成立していない。  安倍内閣は、黒川氏定年延長の大義名分に、「業務遂行中の必要性」などと謎の理由を掲げている。こんな子供じみた言い訳を信じるなど、よほどの安倍信者、アベノシンジャーズの中でも狂信者くらいだろう。

IR事件は、政界にどこまで捜査が及ぶのかと戦々恐々だったが、一気に幕引きにかかっている

 では、1月30日に黒川氏の定年延長が閣議決定されて何が起きたか。  2月3日、IR事件に関し、秋元司容疑者以外の国会議員5人の捜査を打ち切るとの報道が、一斉に流れた。「12人リスト」と呼ばれる文書が出回り、政界にどこまで捜査が及ぶのかと戦々恐々だったが、一気に幕引きにかかっている。  さらに2月12日、その秋元被告人の保釈が認められた。検察が起訴した後、罪状を否認している被告人が、わずか49日で保釈が認められるのは異例である。検察の異議を裁判所は退けた。これは文明国として当然なのだが、ずいぶんと物分かりがいい。SPA!連載でおなじみの佐藤優氏などは512日も勾留されている。  裁判所も、検察に力なし、と見くびっているのだ。  この状況を検察が打開する方法はただ一つ。倒閣だけなのだ。  生き残るのは、どちらか。
1973年、香川県生まれ。救国シンクタンク理事長兼所長。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中から’15年まで、国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務める。現在は、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰。著書に『13歳からの「くにまもり」』など多数。ベストセラー「嘘だらけシリーズ」の最新作『嘘だらけの日本古代史』(扶桑社新書)が発売中

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