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男性から女性に性を変え、面接に臨んだ2人が語るLGBT就活の“いま”

 学生にとって就活期間の悩みは絶えないが、LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーなどのセクシュアルマイノリティの総称)の就活生は、自らの性にも向き合わなければならない。男性から女性に性を変え、就活に臨んだサリー楓さんと西原さつきさん。日本に約8%という調査データもあるLGBTの就活最前線を語ってもらった。

LGBTの若者たちが変える就職活動の未来

JobRainbow

’19年、渋谷ヒカリエでの「JobRainbow」LGBT就職説明会の様子。今年はコロナの影響でオンライン開催となったが、1000人以上の学生が参加した

 ヘアケアブランドのパンテーンは今秋、日本の画一的な就活に一石を投じるCMを制作。LGBTの元就活生が就活で感じた悩みを赤裸々に打ち明ける動画はYouTubeで公開されると1か月で600万再生を超えた。  そのなかの一人、サリー楓さんの出演映画『息子のままで、女子になる(英題:You Decide.)』は海外の映画祭で賞を獲得。彼女の友人でもあり、女のコになりたい男性を応援する「乙女塾 project」を主宰する西原さつきさんは、興行収入6億円を突破した話題のLGBT映画『ミッドナイトスワン』(草彅剛主演、内田英治監督)で脚本監修を務めるなど、トランスジェンダーをテーマにした数々の作品に携わる。次世代を代表するトランスジェンダーの2人は、LGBT就活を支援する「JobRainbow」の活動にも積極的に関わっており、自らの体験と変わりつつあるLGBT就活の現状について伺った。 LGBT就活

サリー楓×西原さつき対談・LGBT就活の“いま”

LGBT就活

サリー楓さん(左)・西原さつきさん

サリー:大学院1年生の夏、就活前のインターンでは男性の髪形と服装でした。海外の設計事務所、広告代理店、日建設計の3社です。そのあと、いよいよ本格的に就職活動が始まるというとき、証明写真やリクルートスーツ、履歴書を準備する段階になって、「今ここで変われなかったら、この先の自分と社会の関係性がずっと固定されてしまう」と焦る気持ちが強くなって……。さつきさんが女性になるためのメイクやボイストレーニングを行っている「乙女塾」に行きました。 西原:日本の教育は「男は泣いたらダメ」と教えているから、冷静沈着ではあるけど、女性のように感情を表すのに無意識にブレーキをかけてしまう。初めは楓さんも表情が硬く、どうしよって……。 サリー:メイクがケミカルって言われました(笑)。当時はアイラインやノーズシャドウなど、乙女塾で習ったメイク術を余すところなく取り入れ、さらにネットで学んだ方法まで加えたフル装備で。そのときは女性として生活できるか不安だった。  でも、さつきさんから「自信を持てばいい。一歩を踏み出さないと変わらないよ」って言ってもらえて、GUやZARAで女性の服をまとめ買いし、これまでの服を全部捨てたんです。当時、女性としての見た目ができていたのかはわかりませんが、インターン先の3社からは内定をいただき、カルチャーの合っていた日建設計に決めました。 西原:まず私はアパレル企業に就職し、接客をしていました。ホルモン治療でルックスがだんだんと女性っぽくなっていくのに、本名の名札をつけたままで、お客さんに「え?名前」という顔をよくされました。それで通称名を使いたいと会社に相談したのですが認めてもらえなかったので、転職を決意。履歴書は男性の名前で、性別欄も男に丸をつけましたが、面接には女性の服装でメイクもしっかりして行きました。もうどう思うかは相手に決めてもらおうと(笑)。  LGBTに対する理解がある会社だったらどこでもいいやぁ、と内定をいただいた広告代理店に転職しました。それから24時間女性としての生活が始まって、世界が広がりましたね。ただ、3年ほど働くとしんどくなってきました。女性として働けても、その仕事が好きじゃないと続けられない。 サリー:やっぱり仕事内容ですね。昔からなぜかマンションや家の広告を見るのが好きで、8歳のときから建築家になるのが夢でした。だから私が就職先を選んだ決め手はLGBTとはあまり関係ない。日建設計でLGBTをカミングアウトした社員は私が初めてで、人事の方に「一緒に学んで、一緒に会社を変えていきましょう」と言われました。  今は、会社から名刺や社員証、それに健康診断で女性と認識してもらえています。周りから与えてもらえる自信で、自分らしく生きていける。そのきっかけは乙女塾でした。
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女子になるタイミングは“就活”と“40代後半”
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