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夜の店で働くわたしが「コロナ禍に飲み屋は必要?」について思うこと

SF小説『虐殺器官』の台詞には

 セキュリティ管理体制が徹底され、買い物や入店にもすべて認証が必要になった先進諸国と内戦の続く後進国の世界を描いた近未来SF小説『虐殺器官』で、主人公が潜入先の国で古いタイプのバーに連れて行かれた際のシーンにもこんな感じの台詞があったのを覚えている。 「こういうご時世じゃあ、こういう店を続けるのは大変だろうね」 「そうね。でも、この種の空間は必ずどこかで生まれるものよ。何を飲んだか、誰と踊ったか。そういうことを誰にも知られずにゆっくり落ち着ける場所がたまに必要になるのよ」  当時は聞き流していたこの台詞が、最近になって、談笑しつつ酒を飲むお客たちをカウンター越しに眺めているとよく浮かぶ。  批判を受けて槍玉に上げられることの多くなった夜の飲食店は、閉店の報告も少なくはないが、きっとなくなることはない。オンラインでの飲み会が流行ろうとも、わたしの愛するスナックという空間と文化は、人が日常に回帰するという本能を持っている限り存在し、そして人は集うだろう。どこの誰ともわからない隣の席の人間と話してバカをやった夜は、たくさんの夜のなかでひときわ心を彩るのだろう。そうであってほしい。  今年がどんな年になってゆくのか、まだ先はわからない。このままの世の中が続くのかもしれないし、そうでないかもしれない。一晩でも多く、みんなが美味しい酒を飲んで良い夜を過ごせるといい。  そんなことを思ったりして、新年早々感傷に浸っている。  ひとつはっきりしているのは、日本酒は飲み過ぎると危険ということです。記憶がなくなるし次の日も頭が痛いということです。しかし、痛風予備軍のお客たちザマアミロすまんねガハハと言って数の子をぼりぼり食べながら飲む日本酒は美味いということです。そういうことでひとつ、本年も宜しくお願い致します。<イラスト/粒アンコ>
(おおたにゆきな)福島県出身。第三回『幽』怪談実話コンテストにて優秀賞入選。実話怪談を中心にライターとして活動。お酒と夜の街を愛するスナック勤務。時々怖い話を語ったりもする。ツイッターアカウントは @yukina_otani
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