新総裁は国民との信頼関係を重んじよ
―― 新たな総理総裁は何をやるべきだと思いますか。
山崎 いま我が国は「コロナ」と「米中対立」という二つの危機に直面しています。新政権の使命は、これらの危機対応に全力を尽くすことです。国家の危局において、トップリーダーの責任と役割は非常に大きい。
そもそも菅首相が辞任に追い込まれた最大の原因は、コロナ対策に失敗して民意を失ったからです。しかしコロナ危機は誰も経験したことのない事態であり、誰が首相であっても対応が難しい問題です。諸外国も日本と同じように、対応に苦慮しながら試行錯誤を繰り返しています。
しかし、そういう状況でも国民をまとめ、政府と国民の信頼関係を維持することはできます。困難な状況でも民心をまとめられること、それこそが非常時のトップリーダーに求められる能力、資質、役割です。
したがって、本質的な問題は菅政権のコロナ対策がうまくいかなかったことではなく、そういう状況の中で菅首相が国民の心をまとめられなかったことです。新たな総理総裁は、何よりも国民との信頼関係を重んじるべきです。
―― 総裁選の立候補者たちは、トップリーダーに相応しいと思いますか。
山崎 外交・安保は政府の専権事項だと言われますが、外交・安保政策の最終決定者は内閣総理大臣です。特に米中対立の危機に直面する今、総理大臣には外交・安保に関わる知見が求められます。
その意味で最も経験が豊富なのは、石破氏だと思います。先ほども指摘したようにエネルギーに欠けるところもありますが、防衛大臣の経験もある政界屈指の安保通です。河野氏は外務大臣、防衛大臣の経験がありますが、在任中はトリッキーな言動が多く、危うさが残ります。岸田氏は外務大臣を長く務めましたが、無難な対応に終始するだけで、リーダーシップは期待できそうにない。
総じて言えば、現代ほど強力なトップリーダーが求められている時代はないが、それに相応しいと太鼓判を押せる人物は、中々見当たらないというのが本音です。
―― かつての自民党には「三角大福中」と言われるように人材が豊富でした。
山崎 もう今の自民党には、そういうキラ星の如き人材がいなくなってしまった。今でも自民党という老舗政党の看板には国民の信頼があるわけですが、実際の人材や統治能力は著しく劣化しているのが実態です。
自民党を百貨店に例えれば、相変わらず高級百貨店の看板を掲げてはいるが、もはや店内に高級品は見当たらず、実際に売っている商品やサービスはコンビニやスーパーのものと変わらなくなっているのです。
政府与党の人材不足は、自民党のみならず日本全体の危機です。だから有能な人材を育てるしかないが、もはや政界には「人材を育てる人材」もほとんど見当たらなくなってしまった。この状況は如何ともしがたい。
―― もともと自民党は自主憲法制定を掲げて、自由党と民主党の「保守合同」で誕生した政党です。米ソ冷戦を反映した55年体制の中で、政権を担い続けた自民党は一定の役割を果たしてきました。しかし、米ソ冷戦・55年体制が終結してから30年が経つ今、もはや自民党は耐用年数が過ぎて、歴史的使命を終えたのではないかと思います。いっそ自民党を解党して、現代に対応した新しい政党を作り直すべきではありませんか。
山崎 55年体制は憲法問題を基軸として、「改憲」を掲げる保守政党の自民党と「護憲」を掲げる革新政党の社会党が対峙する政治体制でした。しかし55年体制が崩壊した今、憲法問題はもはや政治の基軸にはなりえず、それゆえ保革の対立も失われました。
自民党は今でも「改憲」の旗を掲げていますが、本気で改憲を目指す改憲派の議員はほとんどいません。もはや自民党の大勢は、憲法問題に関心がない、もっと言えば憲法問題などどうでもいいという「ノンポリ派」の議員で占められているのです。一方、野党は「リベラル保守」などと言っていますが、保守なのか革新なのか、改憲なのか護憲なのか、まるで分かりません。
つまり、55年体制が崩壊した結果、政治の基軸や政党の理念が失われ、政治全体が曖昧化してしまったということです。その結果、健全な保守政治は溶けて無くなりつつある。自民党に限らず、日本の政党は自らの存在意義を見直すべき時に来ていると思います。
―― 中曽根元総理は政権の座に就くと、持論の9条改憲を封印しました。自民党は半世紀以上政権を担当しながら、憲法改正を実現できなかった。
山崎 要するに、民意ですよ。中曽根元総理が9条改正を封印したのは、そうしなければ民意が離れて政権が維持できなかったからです。国民の間には、9条を中心とする憲法改正には根強い警戒感、抵抗感がある。そうした民意の流れに、為政者は逆らえないのです。民主主義体制なら、なおさら民意に逆らえない。
為政者が民意に逆らって自らの意志を押し通そうとすれば、それには強権を発動するしかありません。民意に逆らうとは、究極的には「まつろわぬ民」を抹殺してでも自らの意志を押し通すということです。しかし幸か不幸か、今の日本にそういう凄みのある政治家はいません。
―― 現在は危機の時代です。しかし、本当の危機はコロナ禍や中国の脅威ではなく、危機に対応できる人材がいないということだと思います。
山崎 先ほど人材を「育てる」ことができないと述べましたが、それでも人材が「育つ」ことはありえます。幕末や占領期には、国家の独立を守ると志した有為な人材が全国から多数輩出されました。国家の危局に際会すれば、自ずと使命感を抱いた人材が育ってくるのです。
我が国は今まさに国家の危局に際会していますが、ここで目覚めて使命感に燃える政治家がどれだけ出てくるか。日本の命運は、その一点に懸かっています。
(9月8日 構成 杉原悠人)
<初出:
月刊日本10月号>
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『月刊日本2021年10月号』
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