扇動者を根絶することはできない。しかし、一定数以下に抑えることができる。連中を社会の少数派に封じ込めるのが最大の予防だ。 　では、扇動者の特徴は何か。一見もっともらしい言説をまき散らし、人々を揺さぶる。 　たとえば、「神武天皇以来、今の天皇まで、歴代天皇すべてが本当の子供で受け継がれてきたという確証はない。どこかで他人の血が混じっていてもおかしくない」のように。ただの思い付きなのだが、「そうかもしれない」と疑う人もいるだろう。 　これなどは簡単に理屈で論破できる。史実として受け継がれてきた事実に関して異説を述べるならば、その者が証明する義務がある。その者が何の証拠もない単なる疑問を抱いたところで、史実が揺らぐ訳ではない。その者の思い付きであって、事実を揺らがせる明確な証拠を提出しなければ、仮説にすらならない。思い付きは科学ではない。よって、子供のような疑問は論理的でも何でもないのだ。 　大人は子供の疑問に答え、教育する義務がある。歴史は事実を特定する科学である。だが、歴史は実験によって再現できない。しばしば「タイムマシーンがあれば歴史の正解が分かる」と言われるが、そんなものがあっても事実の証明はできない。我々が生きている現代でも、二人の目撃者の証言が食い違うなど多々あるではないか。 　そもそも人間がこの世の出来事に関して知りえる事象など、極わずかだ。残された記録に基づいて、事実を再現する、そうした断片だけを集めてパズルの全体像を想像するような作業が、歴史学なのだ。 　日本などは世界一記録が残っていると言って良い国なので、一三〇〇年前まではあらかたのことはわかる。しかし「絶対に確実な事実」だけに拘れば、四百年前の戦国時代を再現するのも困難だ。たとえば川中島の戦いなど2行で終わるし、三方ヶ原の戦いに至っては信用できる一次史料がゼロだ。さらに古い時代の古代などは、わずかな史料だけを頼りに事実を再現するしかなく、仮説に頼る比重が大きくなる。