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不平等が人を殺す日本社会で必要とされるもの<経済学者・水野和夫氏>

アベノミクスのツケ

―― 新型コロナによって停滞した経済活動が回復しつつあるため、原材料や原油価格が高騰し、食品の値段や電気代などが次々に上がっています。これによって経済的に苦しい人たちの生活はさらに厳しくなると思います。 水野 すでに日本では新型コロナウイルスの感染拡大が起こる前からエンゲル係数が上昇していました。エンゲル係数とは、消費支出全体に占める食料支出の割合のことです。総務省の家計調査によると、安倍政権が異次元金融緩和を始めたころから、エンゲル係数が上昇しています。所得は変わっていないにもかかわらず、事実上の円安政策によって食品の値段が上がってしまったからです。2020年にはコロナの影響でエンゲル係数は27.5%まで上昇しています。  円安は今後さらに進む可能性があります。アメリカが量的緩和を終了し、利上げを行うと言っているからです。そうなれば、原材料や原油はますます高騰し、日本はスタグフレーション(不況下の物価上昇)に陥る恐れがあります。  ウクライナ危機の影響も無視できません。これが原油価格にどれほどの影響を与えるか、まったく見通しがつきません。  円安を食い止めるには、為替に介入し、円を買ってドルを売る必要があります。しかし、日本はアメリカの了解なしにドルを売ることはできません。「ミスター円」と呼ばれた元財務官の榊原英資さんはアメリカに相談せずに為替に介入していたそうですが、いまの財務省に榊原さんのような人がいるとは思えません。  日本が量的緩和をやめれば円安に歯止めをかけることができますが、黒田東彦さんが日銀総裁の座にいる限り、それも難しいでしょう。黒田さんが異次元金融緩和をやめるなら、「異次元金融緩和は十分な効果を発揮したので、そろそろ終了します」と言わなければなりませんが、賃金が上がらず物価ばかり上がっている現状で、さすがにそんなことは言えないでしょう。  もともと黒田さんは2013年に日銀総裁に就任した当初、2年で2%のインフレ目標を達成すると言っていました。最初の数年は達成できなくても仕方ないと大目に見てくれる人もいたでしょうが、4年も5年もたって目標が達成できないなら、「私が悪うございました」と辞表を出すべきです。9年近くたった現在も日銀総裁を続けているなど異常です。  このまま物価が上がっていけば、経済的に弱い人たちにますますしわ寄せがいき、格差と貧困はさらに拡大してしまうでしょう。アベノミクスのツケが回ってきたということです。

「慈愛の義務」を果たせ

―― 格差や貧困を食い止めるためにはどうすればよいですか。 水野 私は企業の内部留保金を活用すべきだと考えています。内部留保金の増加ペースは1999年度から上昇し、いまや484.4兆円にのぼります。合理的な理由で内部留保金が増加したわけではありません。この中には多くの「未払い賃金」と「未払い利息」が含まれています。  日本はしばしば労働生産性が低いと批判されますが、そんなことはありません。1999年度とコロナの影響が出る前の2019年度を比較すると、労働生産性は年率0.73%増です(日本生産性本部)。この20年間、わずかとはいえ労働生産性はゆっくりと上がっているのです。  働いて付加価値を生み出した人たちに対して、それに見合った賃金を支払うのは当然です。実際、労働生産性は賃金を決定する上で重要な指標とされてきました。ところがこの間、実質賃金は年率0.4%減となっています。つまり、企業は本来支払うべき賃金を支払ってこなかったということです。これが「未払い賃金」です。  また、企業は本来払うべき利子も払っていません。企業は株主から資本を調達したり、銀行からお金を借りたりして事業を行い、そこで得られた付加価値から利潤と利子が生じます。利子と利潤の源泉は同じですから、企業利潤率と利子率はおおむね同じ水準で推移します。  企業利潤率のもととなるROE(株主資本利益率)を見ると、全企業・全規模ベースでは、2001年度のマイナス0.1%を底に、2017年度の8.7%まで上昇を続けています。利潤率を見るなら、企業はバブル期並みまで回復しているのです。特に大企業の利潤率の回復は著しく、2017年度のROEは9.52%、2018年度は9.50%となり、1980年度の12.2%以来の高い利潤率を記録しています。中堅企業も2017年度は9.9%という高水準となり、中小企業も2017年度は6.3%を記録しています。  ところが、1999年度以降、ROEが上昇しても、借入金利子率は上がるどころか低下し続けています。借入金利子率が利潤率に比べて極端に低いということは、資本の貸与者である銀行、その背後にいる預金者から見れば、企業が支払うところの利子を受け取っていないことになります。  この内部留保金を臨機応援に用いれば、多くの人たちを救うことができます。直近の課題は、コロナによって打撃を受けた人たちへの経済支援です。  財務省によれば、コロナによって非製造業の中で売上減少率が最も大きかったのは娯楽業で、次いで宿泊業、自動車賃貸業などの物品賃貸業、飲食サービス業という順番でした。宿泊業や飲食業は非正規雇用が多いことで知られています。これら4業種に対する休業補償が必要です。また、コロナによって医療・福祉業の負担も大きくなっているので、彼らの人件費を倍増すべきです。  4業種の2020年度の売上減少額は15.0兆円でした。医療・福祉業の人件費は2.8兆円だったので、必要な救援資金は17.8兆円になります。2021年度もパンデミックが収束しない可能性が高いので、2年分となると35.6兆円です。これなら企業の内部留保から十分賄うことができます。  個人の所有権を重視したジョン・ロックは、その一方で困窮者が富裕者に対して余剰財産を要求する「慈愛への権利」を認めていました。慈愛への権利とは、生きるか死ぬかという切迫した状況における、緊急避難的な権利のことです。そして、ロックは富裕者にはそれに応じる「慈愛の義務」があると考えていました。  年末年始に各地で行われた炊き出しには、女性や若者をはじめ多くの人たちが並んでいました。自殺者も増加しています。多くの人たちがまさに生きるか死ぬかという切迫した状況に置かれているのです。大企業を含め富裕者たちは、いまこそ慈愛の義務を果たすべきです。 (2月25日、聞き手・構成 中村友哉 初出:月刊日本4月号
―[月刊日本]―
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。
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月刊日本2022年4月号

【特集1】貧困・格差が国を亡ぼす!
【特集2】今こそ「属国政治」に終止符を打て!

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