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「生まれてこなきゃよかった」フィリピン人ハーフの“無国籍女性”が辿った苦しい半生と「日本人男性の悪行」

結婚の前に立ちはだかる無国籍の壁

「なんでこうなっちゃっているんだって毎日泣いていました。私は何も悪いことしてないのに、なんで出頭しなくちゃならないのって。入管で『もしかしたらフィリピンに帰されるかもしれない』と説明されて、全然知らない国に行くかもしれないと思うと不安で仕方がありませんでした。  入管では、面接をしたり、手紙を書いたりしました。『なぜ日本にいたいのか』というテーマを出されて、生まれも育ちも日本人なのに、私は日本人じゃないんだと突き付けられるようで……。どうにか定住ビザ(在留資格)はもらえましたが、国籍は得られないままでした」  高校には、NPO法人の協力で進学した。卒業後、アルバイトで生計を立てながら、22歳の時に再び大きな壁にぶつかる。 「地元で出会った彼と、子どもができたのを機に結婚することを決めました。母からは『フィリピン大使館に行って書類を取り寄せれば結婚できる』と聞いていて。全然そんなことなかった。国際結婚のために必要な独身証明書を大使館で発行しようとしたら、『出生届を出してないからそこからだ』と説明され、それで出生届のために必要な母の書類を揃えようとしたら、母が偽造パスポートだったことが発覚。やることがどんどん増えていきました。フィリピンに書類を取り寄せるには1万〜2万円とお金も時間もかかるうえ、母はまったく協力する気はなく、途方に暮れて、結婚を断念することに。相手の男性や親御さんには、今でも申し訳なく思っています」  そうこうしているうちに、出産し、子どもが同じく無国籍になってしまった。せめて子どもだけでも日本国籍を取得しようと、野崎さんは奔走。法テラスや弁護士に特殊ケースと断られながらも、外国人問題に強い行政書士を見つけ、書類集めや法務局の面談など、3年かけて、子どもは日本国籍を得られた。費用は30万円。これでも安く抑えてもらった。

フィリピン母は謝罪どころか責任逃れ

jfc

出生証明証はあるが。/本人提供

 その行政書士の力を借りて、29歳の時、野崎さんは現在の旦那さんと晴れて結婚。本来必要な独身証明書の提出を特例で免除してもらったという。国籍取得についても、行政書士に道筋を示してもらったものの、10以上の書類が必要であり、非常に複雑で困難を極める。今は育児で手付かずの状態であるが、時期を見て行う予定だ。 「5年に一回は定住ビザの更新をしなければならず、パスポートがないため、日本から出られません。普段は日本の通り名を使っていますが、本名はフィリピン人の名前。早く本名を日本名に変えたいです。  母には、然るべき手続きもせず、金銭的にも私の稼ぎをむしり取るようなことをされてきたので、怒りしかありません。謝罪されるどころか『子どもがいなければ私はフィリピンに帰れるのに。あんたたちがいるから苦労しているのよ』と言われて、もう絶縁状態です。父にも4歳の時から、ずっと会えていないので、もう生きているのか死んでいるかもわかりません」
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日本人は「ダマすように現地女性を」
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企画や体験レポートを好むフリーライター。週1で歌舞伎町のバーに在籍。Twitter:@tsumami_gui_

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