偉人たちの「遺言」は、やっぱり“らしさ”に満ちていた
―[脱力系[親の遺言]泣き笑い報告]―
◆有名人・偉人が残した“心に響く”遺言
有名人の最期の言葉は、その人の“らしさ”に満ちたものが多い。
例えば“日本一カッコイイ男”白洲次郎の遺言書は「葬式無用 戒名不用」とやっぱりカッコイイ。丹波哲郎は「自分が死んだら、誕生日みたいにケーキにロウソクを立てて送り出してよ。この世は仮の世で、あの世が本当の姿。めでたい日なんだからさ」と周囲に伝えていたことで知られる。実際に葬儀では西田敏行が本人のモノマネを披露するなど、笑いと涙に包まれて大霊界へ旅立った。
自殺の動機として記した「将来に対する唯ぼんやりした不安」という言葉が有名な芥川龍之介は、子供への遺書では、「若しこの人生の戦いに破れし時には汝等の父の如く自殺せよ」とも書いている。そんな助言しなくても……。一方で太宰治は愛人と入水自殺しながら、遺書では「いつもお前たちのことを考へ、さうしてメソメソ泣きます」と子供に語り、「美知様 お前を誰よりも愛してゐました」と妻へ愛の言葉も残している。
芸術家には死を目前にしてなお創作意欲に燃えている人も多い。手塚治虫は病に伏しながらも「仕事をする、仕事をさせてくれ!」と懇願。葛飾北斎は90歳にして「もし天命があと5年あったら、本当の絵師になれただろう」と言い残し亡くなっている。
一方で海外の偉人の言葉はウィットに富んだものが多い。耽美主義者のオスカー・ワイルドは、ホテルの部屋で「わたしは壁紙と死を賭けた決闘を挑んでいる。どちらか負けたほうが死ぬだろう」と言い残して逝った。ベートーベンの最期の言葉は「諸君。喝采を。喜劇は終った」「天国に行ったら耳も聞こえるようになるだろう」など諸説あるが、いずれもらしい。ただ、ジョン・デイヴィソン・ロックフェラー・シニアが「さようなら、天国で会おう」と言って、ヘンリー・フォードが「君が天国に入れたらな」と返答した……という逸話は少しできすぎな気も。
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