ばくち打ち
番外編その5:知られざるジャンケット(8)
バカを言ってはいけない。
だいたいこの短い文章の中に、いったいいくつの「明らかな間違い」が含まれているのか(笑)。
「自前のカジノルーム」とはなにを指すのか、教えていただきたい。いや、そもそも「カジノルーム」とはなんなんだ?
当たり前すぎて恐縮だが、カジノ・ライセンスとは別名「ゲーミング・ライセンス」、カジノ事業者だけに与えられるものであり、ジャンケット事業者には与えられない。ジャンケット事業者に与えられるのは、ジャンケット・ライセンスである。
マカオでは、ジャンケット事業者には、どう転んでも「ゲーミング」に関する認可は下りない。両者の事業形態はまったくの別物なのだから。
カジノ事業者は「カジノ行為」をおこない、ジャンケット事業者は「ジャンケット行為」をおこなう。当たり前の話ではなかろうか。
「カジノの中にまた別のカジノがある」
って、いったいなんのこっちゃ?
同じ建物の中でおこなう「事業」だから、同じことをやっているとでも、「日本で数少ないカジノの専門研究者」は空想していたのだろうか。
だいたいマカオにある大手ハウスでは、カジノ職員とジャンケット職員の交流が禁止されているのが一般的である。LVS(ラスヴェガス・サンズ)系のハウスなら、マネージャー以上でなければ、ジャンケット関係者とは休憩時間中でも話をしてもいけない規則となっている。
客を取った、取られた、というトラブルの元となるからなのであろう。
ゲーミングおよびプレミアム・フロアは、カジノ事業者の直管轄。
一方、ゲーミングの部分はカジノ事業者に100%委託しながら、ジャンケット・ルームでのカネの管理およびそこの顧客への対応をするのがジャンケット事業者。
そう棲み分ける。
それに、「マカオ以外の国ではあまり見かけない業態です」って、いったいなんの話をしているのか。
アジア太平洋地域の大手ハウスなら、ほとんどどこでもやっている「業態」である。
オーストラリアにもある。フィリピンにもある。マレーシアにもある。サイパンにもある。初期には禁止していたシンガポールにまである(ただしシンガポールのジャンケットは、直接的な「与信」供与と貸し金「回収」の部分が禁止されている)。
アジア太平洋地域に多数存在する大手ハウスのVIPフロアに、木曽はまだ入ったことがないのであろう、とわたしは邪推した。そこが、カジノ事業者の収益の大半を稼ぎ出す場所なのに。
いや、VIPフロアに入ったことがないだけではなくて、そもそもVIPフロアとはどういう機能と役割をもつのかも、まったくわかっていない。
まあ、すげえー、「日本で数少ないカジノの専門研究者」が居たものである。
もしマカオで、「ライセンス発行を受けた正規のカジノ事業者とほぼ変わらぬ営業をしている(ジャンケット)事業者まである」(カッコ内は、文脈により森巣付記)、のであるなら、是非ひとつでもいいからそんなジャンケット事業者の例を教えていただきたいものだ。
わたしが知る限り、そんな例は存在していない。
ただし、ジャンケット事業者が、カジノ・ライセンス(ゲーミング・ライセンス)を当局に申請したケースは存在している。これはマカオ以外の国の小規模ハウスでの事例だった。譬えは悪いかもしれないが、行司がふんどしを締めて土俵に上がっているようなハウスに、大口の打ち手たちはまず近づかないであろう。
しつこいけれど、繰り返す。
アジア太平洋地域のカジノ事業は、VIPフロアの仕組みとジャンケット事業がわからないと、わかりっこない。なぜなら、その両者がカジノ事業者に大半の収益(時として収益全体の80%を超す)をもたらしているのだから。(つづく)
番外編その5:知られざるジャンケット(7)
「フツ―の『切り取り』って、足代として2割くらいしか出ないんだが、博奕(ばくち)の借金の場合はスジの悪い奴らが多いから、割りはよくなる。返したがらない連中、多いでしょ。相手が同業者のときもある。いまの六代目山口組の司忍親分の元の親分は名古屋の弘田武志って人で、博奕が好きでね。あの頃国内のは手本引きかアトサキだったんだが、バブル期になると海外カジノでバカラに嵌まっちゃった親分衆って、かなり居た。そういう連中が相手のこともあったんだよ。それで博奕借金の回収は、『トリ半』とか『半戻し』とか言って、取り戻した金額の半分は、自分らのアラ(=カスリ)となったんだ。ひどい『切り取り屋』になると、シロート相手なら、1億の借金のカタに時価10億円のビルを押さえちゃう。あの頃のジャンケット関連の商売は、これが美味しかったんだよ」
いろいろと勉強になった。
ちなみにこのおっさん、のちにわたしのビーチ・ハウスを訪ねてきたことがあった。
長いドライヴになるから、しっかりとお手洗いを済ませておけ、と事前に伝えておいたのに、南海岸某空港からの道中半ばくらいで、
「腹が差し込む。トイレに行きたい」
「そんなものあるわけないだろ。そこいらへんでやってきなさい」
車から降ろされたおっさんは、800キロを超す牛たち十頭ほどに囲まれ、ズボンを下ろしていたのだが、
「やっぱ自分、あんなところじゃできましぇん」
とべそをかいていた。
なかなか愛嬌のあるおっさんであった。
飛び過ぎたので、話をスタンレー・ホーに戻す。
(FBIマネロン・リストの関係で)アメリカには行けないマカオのカジノ王スタンレー・ホーが諸処のビジネスで来日した際、東京なら神田猿楽町にあった(現在は丸の内の丸ビル内に移転)『天政』に必ず寄って、てんぷらに舌鼓を打っていたそうだ。そんな繋がりがあったからなのだろうが、息子ローレンス・ホーの『アルティラ』には、「頂級(=高級のさらに上)」お座敷てんぷら『天政』が入っていたりする。
* * *
以上の説明でだいたいご理解いただけたと思うが、ジャンケットとは現在はどうあれ、たまたま法的に取り締まられることはなかったかもしれないが、過去にはいろいろとグレイあるいは「闇」の部分を多く含んだビジネスだった。
「日本で数少ないカジノの専門研究者」を自称する(株)国際カジノ研究所所長・木曽崇は、ジャンケットに関する自分の無知が晒されると、
実は、マカオのカジノ業界には特殊な商習慣があります。それは、マカオ内で本来は6つしか存在しないカジノ運営権を持つ事業者と個別契約を結び、彼等の施設の中に間借りする形で自前のカジノルームを持っている事業者が存在する事。これは「カジノの中にまた別のカジノがある」ともいえる状況で、マカオ以外の国ではあまり見かけない業態です。事業者によっては自前で新規開発をしたカジノホテル全体をもって「あくまで正規のカジノ事業者に間借りしているモノである」という便宜上の解釈をしながら、ライセンス発行を受けた正規のカジノ事業者とほぼ変わらぬ営業をしている事業者まであります。
http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/6385175.html
なんて、自分が吹いた法螺がバレたことをごまかそうとして、さらなる無知ぶりを盛大に晒していた。(つづく)
番外編その5:知られざるジャンケット(6)
しかしそういう「起源・出自」を持つジャンケットという業種の過去により、スタンレー・ホーはFBIの「マネロン・リスト」に載ってしまい、アメリカ合衆国に入国することができなかった。
アメリカでのビジネスの交渉は、すべてスタンレー・ホーの息子(ローレンス)か娘(パンジー)がやっていた。
壮年の頃のスタンレー・ホーは、よく日本に来た。
日本でどういう人たちとどういう内容の打ち合わせをしていたかについては、それなりの想像ができても、定かでない。
ただ、いわゆる「マカオ戦争(=ポルトガル政府によるマカオ主権の中国返還時と前後して、マカオ半島で勃発した地下社会の大抗争)」以前の『リスボア(澳門葡京酒店)』には、日本の広域指定暴力団につながったジャンケット業者が入っていたのは事実である。
前述した「中曽根総理の裏の金庫番」・Tじいさんなどは、リスボアのジャンケット・ルームで、Y組のSをずいぶんと可愛がっていたものだ。
またY組か、と考えてしまうのは早とちりというもの。
マカオ政庁が与える正規のジャンケット・ライセンスをもっていない、いわゆる「サブ・ジャンケット」(サブ・ライセンスとは別物)並びに更にその下位に位置する「サブ・サブ・ジャンケット」、あるいは大手ジャンケット事業者の系列に属さない個人営業の者まで含めれば、当時(あくまで「当時」である)日本の広域指定暴力団のほとんどが、程度の差こそあれジャンケット業界と関係をもっていた、と思う。
なぜか?
前の方で、「大手ジャンケット事業者とカジノ事業者の契約は、原則として『勝ち負け折半』」と説明した。すなわちジャンケット・ルームでの「売り上げ」は、大手ジャンケット事業者とカジノ事業者が山分けする。
もっと正確に書けば、カジノ事業者55%、大手ならジャンケット事業者45%の取り分となるのだが、実際上は力関係で、この数字は変化する。
それゆえ、負け込み「眼に血が入って」しまった打ち手に、ジャンケット事業者たちがどんどんと駒を廻したのである。いわゆる「廻銭」だ。
これは(1)ジャンケット事業者の自己資本でやる場合もあれば、(2)系列企業の金融部を通してやる場合もあれば、(3)はたまたカジノ事業者が打ち手に与える与信における保証人としてやる場合もあった。
3600万円のクレジットでバカラの札を引いていた客が、ハウスを出るときには(たとえばハマコーの例では)5億円の借金を背負っている。なぜか? 以上の仕組みがあったからである。
日本のジャンケット業者と地下組織のかかわりは、(もともと暴力団直営のジャンケット業者でなければ)ほとんどはこの「廻銭」回収の部分で生じた。
「足切り(=借金返済のこと)」における「切り取り」「追い込み」を、ジャンケット業者はそれ専門の業者に委託する。
「だいたい借金って返したくない人が多いでしょ。おまけに博奕(ばくち)でつくった借金となると、シカトを決め込む奴らばっかだ。『駄目だよ。子供の大学入学資金として借りたものだって、博奕の負けで借りたものだって、借金は借金だよ。ちゃんと返済しなさいね』と、自分らが道理を諭す(笑)」
と、ずいぶん昔に、OZ(=オーストラリアのこと)のカジノでよく見掛けた、広域指定暴力団ではなかったが、関東では武闘派として鳴らした一本独鈷(いっぽんどっこ)の組織のプラチナが、わたしに教えてくれた。(つづく)
番外編その5:知られざるジャンケット(5)
当時のアジア諸国のほとんどは、独裁政権ないし軍事独裁政権と、それに結びついた軍産複合体によって牛耳られていた。ただし自国資本育成の原則があるので、海外にカネを持ち出すことは難しい。 一方、大陸中国では、汚職官僚や党関 […]
番外編その5:知られざるジャンケット(4)
前述したように、政府に指名された有識者たちや、自称「日本で数少ないカジノの専門研究者」ですらよくわかっていない業種のようなので、ここでざっとわたしの理解するところのジャンケットの歴史を振り返ってみようと思う。 さて、 […]
番外編その5:知られざるジャンケット(3)
ジャンケットという業種にかかわり、『IR実施法』の原案を作成した有識者たちの理解度だけが低い、というわけではない。 「日本で数少ないカジノの専門研究者」を名乗る「(株)国際カジノ研究所」所長・木曽崇も、その無知ぶりをさ […]
番外編その5:知られざるジャンケット(2)
『IR実施法』の原案をつくる際、専門部会で討論されたジャンケットへの理解とは、だいたい次のようにまとめられるのだろう。それが正しい理解なのか間違っていたものなのかは、ひとまず措(お)いておく。 * […]
番外編その5:知られざるジャンケット(1)
「ジャンケット(JUNKET)」と呼ばれるカジノ関連の業種がある。 日本では、「カジノ仲介業」と翻訳されている。 2011年夏に発覚した「大王製紙前会長特別背任事件」で、ジャンケット業者が井川意高をマカオで連れ回した […]
第5章:竜太、ふたたび(40)
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第5章:竜太、ふたたび(39)
冷静さを取り戻せば、急に怖くなった。 「フィニッシュ」 竜太はそう宣言すると、席前で積まれたチップの山を、ディーラーに向けて押し出した。8万ドルを超すチップの山だ。 「カラー・アップ?」 ディーラーが問う。 「イエ […]