第五十五夜【前編】

俺が帰る場所はココにある!
敷居は高いが心地よい地元スナック探訪

【担当記者:スギナミ】

 新居への引っ越しが終わると、何はともあれ始めるのが新しい街の散策だ。商店街を練り歩き、独り身の胃袋を安く満たしてくれそうな定食屋なんかを一通りおさえる。そろそろ帰るかと家路につく頃、何やら妖しい雰囲気を醸し出す看板。どんな駅にも必ず一軒はある……そう、地元スナックである。

 特に明確な料金システムが書いてあるわけでもない店の看板には、「どうだっ」と言わんばかりの大きな文字で「順子」、「彩」なんて店名だけが書いてあり、その威圧感を増幅している。「いつかはフラリと入ってみようか」なんて思うが、閉鎖的な常連客に冷たくあしらわれ、強面のマスターに身ぐるみはがされるといった恐怖感もあり、二の足を踏んでばかりだ。

店の特色をつくるのは客と女のコの共同作業

「初めてのスナックのドアを開けるのはどんなに通い慣れた熟練者でもドキドキするものですよ。知らないコミュニティに立ち入ってく行為なわけですから」

 そう語るのは美術、建築などの分野で執筆・編集活動を続ける都築響一氏。現在、全国のスナックを行脚するウェブ連載「天国は水割りの味がする」を執筆中だ。

「お店のよしあしは実際に入って飲んでみてお金を払うまでわからない」というから、やはり体当たりが基本!? せめて、入りやすいお店を見極める術はないものか。

「まずドアに耳を近づけてみる。酔客たちが大声で騒いでいたら、まあ、盛り上がってるところに水を差すのもバツが悪いので敬遠しておく。次にドアをチラッと開けて中を見てみる。ヤバそうな雰囲気を感じたらそのまま閉めて次に行けばいい。これはみんなやってることだから気にすることはありませんよ(笑)」

 スナックはマイナーな飲み文化――という感覚は都会の人間特有のものだと都築氏は続ける。

「地方じゃ飲み屋=スナックが当たり前。そこでは70代の老人から20代の若者までが一緒になって騒いでますから。それはやっぱり楽しいことだし、基本的にどのお店もウエルカムなんだから、積極的に遊びにいくべきですよ」

 お店の密集している場所が初心者にはオススメとのことなので、まずはスギナミの地元にほど近い、東京・中野の繁華街に向かってみた。知人に紹介されたスナックは何軒か知っていたが、自力で新規開拓するのは初めてのことだ。

 中野ブロードウェイの裏通り。キャバクラ、飲み屋、スナックが渾然一体となったエリアに足を踏み入れる。何軒か気になるお店の前で様子を伺うが、邪悪なオーラを感じ取り退散。そのうちに、ポップな色合いの看板を発見。店名も「ロジェリ」と何やらユルそうな雰囲気。意を決して扉を開けると、「いらっしゃいませぇー」と女のコの元気なかけ声。これがキャバクラだと、黒服が妙に恭しく出迎えてきてなんだか疲れるのだが、ちょっぴり気が和む。

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裏通りの飲み屋街は、オタクと地元オバサン連中で賑わう
中野ブロードウェイとは別の顔を持っている。古い住宅街に
侵食するように色とりどりの看板が街を彩っている

撮影/石川真魚

スギナミ 東京都生まれ。主な出没地域は中野、高田馬場の激安スナック。特技は「すぐに折れる心」
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