俺の夜
飲食店が立ち並ぶエリアながらも、新宿御苑などの自然も多く、落ち着いた雰囲気のある新宿三丁目。江戸時代には宿場町としても栄えていて、寄席や神社など、名所が多いのが特徴だ。今回はそんな新宿三丁目で長年店を構える2軒を訪れた。
「一人でやっているので提供が遅いです。それでもよろしいでしょうか」新宿三丁目駅から徒歩数分、新宿御苑近くの裏路地にお店を構える「西尾さん」。引き戸を開けると店主の西尾尚さんが、丁寧に出迎えてくれた。
「予約の電話だけで店が埋まってしまう日も多く、かつては1年待ちの時期もありました。新宿は買い物や映画、寄席の帰りに寄ってくれる方が多いので客層がとても幅広いですね」
西尾さんは’22年で65歳。2004年の創業時から一人で切り盛りしているそうだ。
早速、名物の串に刺さった静岡おでんと、こだわりの昆布と鰹節をふんだんに入れた焼酎のお湯割りを注文する。「このお湯割りは飲むたびに味が変わるので癖になるんです。2杯目からは、焼酎とお湯はセルフで足してね。3、4杯は楽しめるよ」
笑顔がチャーミングな店主とのお喋りで思わず杯を重ね、ほろ酔い加減で次のお店へ。
「西尾さん」
住:東京都新宿区新宿3-1-32 新宿ビル3号B1F
営:月~木曜は16:00~23:00、金土日祝日は15:00~23:00
休:日月のどちらか
電:03-3358-6625
料:おでんは各143円 焼酎のお湯割りは各418円 予約は当日13時から
三島由紀夫や黒澤明も通った社交場のような居酒屋
蔦で覆われた外観が目を惹くのは、1951年創業の「どん底」だ。地下つき3階建ての木造店内には、レトロな暖炉やランプなどが設置され、歴史を感じる。まずは看板メニューのミックスピザと厚切りチャーシューをいただく。その後、アルコール度数が15度ある焼酎ベースの柑橘系カクテル「どん底カクテル」を堪能しながら、店主の宮下伸ニさんの話を聞いた。
「新宿が焼け野原だった時代に芝居の勉強をしていた矢野智(2020年に逝去)が、ディズニーランドのような店を作ろうと創業したんです。矢野は良い意味で“天性の遊び人”で、親交のある役者や芸能人が店を訪れると、毎晩一緒に他の店を飲み歩いていました」当時は、三島由紀夫や黒澤明、大山のぶ代をはじめとした文化人たちが夜な夜な集まったというどん底。今では新宿で指折りの老舗となったが、現在も毎晩18時ごろには満席になるそうだ。
「今は若い女性が8割ほどと客層は変わりましたが、『お客さんを楽しませよう』という矢野のDNAは変わらない。ウチは老舗ですが、常時15人ほどいるスタッフは若くて演劇や音楽に打ち込むような方も多い。個性的で活気あるスタッフにお客さんも惹かれていくのだと思います」
味のある店長やスタッフに、風情ある内観も後押しし、心地よく酔いが回った。
「どん底」
住:東京都新宿区新宿3-10-2
営:月~金曜は17:00~24:00、土日は11:00~24:00(ともに23:30L.O.)
休:無休
電:03-3354-7749
料:ミックスピザ1300円、厚切りチャーシュー1300円 どん底カクテル650円
撮影/鈴木大喜
“山谷”と呼ばれた地域をご存じだろうか。東京都は台東区、吉原遊廓からほど近くの簡易宿泊所が立ち並ぶ労働者の街である。浅草などの観光地も近く、今では安宿を求めるバックパッカーが集まる街として盛り上がりを見せる。一方で、住民の高齢化が進み、昼間からワンカップと新聞を携えて地べたに座り込む高齢男性の姿も多い。
今回は、そんな山谷の変化を見守る店に足を運んだ。
南千住駅から徒歩10分。昭和映画喫茶「泪橋ホール」は、元写真家の多田裕美子さんが’19年に始めた店だ。
「浅草で生まれ育って、両親も山谷で食堂を営んでいたからこの土地には思い入れが深くて。過去には山谷の男たちを撮影した書籍を制作したこともあるのよ」お客さんは地元のシニア層の常連が多いというが、明るく振る舞う多田さんに元気づけられる人も多いのだろう。
「人が集える場所をつくりたかったんです。山谷に住む人もそうでない人も大歓迎。映画という娯楽を楽しみながら自然に交流できる場にしたい」
住:東京都台東区日本堤2-28-10
営:金曜~火曜14:00~22:00
休:水・木
電:03-6320-4510
料:ビール600円、チャイウィー600円、餃子定食650円
土日はイベントを開催することも。メニューは日替わりで旬のお惣菜が頂ける
なぜだかどこか懐かしい未知の料理が目白押し
続いて向かったのは、スパイスを使った創作料理が大人気の「山谷酒場」。店主の酒井秀之さんが、奥さんと2人で’18年にオープンした店だ。
「古い街並みが多い東京の東側に昔から憧れがあり、西調布の喫茶店を畳んでここに店を開きました」店内の壁には冷や奴や焼きそばといったなじみ深いメニューとともに、見たことも聞いたこともない料理名が並ぶ。いざ注文してみると、人参が丸ごと一本使われていたり、バナナにベーコンと緑のソースが添えられていたりと、強烈なビジュアルの料理が。一口食べてみると、初体験の何とも言えないおいしさに驚愕。ここでしか味わえない山谷酒というスパイスが効いたオリジナルドリンクも絶品だ。
「お客さんは若い女性がほとんどで、遠方から来店される方も多いんです。でも、いわゆる“映え”は気にしてなくて、自分たちが好きで食べたい料理を作っています。世界中の本から学んで、これからも新しい料理に挑戦していきたいですね」 下町風情が残る山谷だが、吉野通りの先にはスカイツリーが望め、再開発の足音を感じる。その変化の波に乗る者と逆らう者が共存している山谷には、なぜか「ほっとけない」と思わせる不思議な魅力がある。この街の未来の姿に思いを馳せながら、山谷酒場を後にした。
【山谷酒場】
住:東京都台東区日本堤1-10-6
営:水~金17:00~23:00 土・日16:00~23:00
休:月・火
電:03-5808-9245
料:山谷酒550円、ビール大瓶800円、チューハイ500円
詳細はTwitterもしくはInstagram(@sanya_sakaba)まで
撮影/鈴木大喜
名前の由来は赤ワインが好きだから。当連載の新メンバーとして加入した初の女性記者・メルローです。相当なザルらしく、「どれだけ飲んでも顔色が変わらない」と言われる私にぴったりなこの企画。
しっぽり飲んで大爆笑。この温度差もまた醍醐味
酒好きとして気になる店は数あれど、なかなか女性ひとりでは入りづらい。今回は取材という名目を引っ提げて、“山手線で最もディープな街”と謳われる鶯谷に降り立つ。お目当ては、“幻の名店”と呼ばれるバー「よーかんちゃん」だが、まずはどこかでサクッと一杯引っ掛けたい。
ということで、1軒目は鶯谷駅北口の目と鼻の先にある「信濃路」を訪れた。目を惹くのは壁一面に貼られたメニューの短冊。枝豆やもつ煮といった定番の一品物はもちろん、蕎麦やカレーなどの食事メニューの豊富さに驚く。
ひとりだけど孤独を感じない独特の雰囲気
「実は自分も正確なメニュー数は把握してない(笑)。お客さんには好きな一品を選ぶところから楽しんでほしい」そう話すのは店長の松本秀昭さん。
「おひとりさまも多く、客同士も店員もあまり干渉しない。古い店構えだけど、店内のリニューアルは進めているので、女性客にも気軽に来てほしい」
濃いめのハイボールに酔いしれ、ひとりだけど孤独を感じない独特の雰囲気を味わい、店を後にした。【信濃路】
住:東京都台東区根岸1-7-4 元三島神社 1F
営:日曜・月曜5:00~24:00 火曜~金曜8:00~26:00
年中無休(営業時間変更の可能性あり)
電:03-3875-7456
料:ハムカツ450円、レバニラ炒め500円、オムライス700円、ドリンク250円~食事メニューには味噌汁付き
御年83歳の店主が商う光り輝く異世界
ギラギラした看板や豪華な噴水を横目に歩くこと数分。ホテル街の先にあるのが、会員制バー「よーかんちゃん」だ。扉を開くと、某夢の国の電飾パレードをぶちまけたかのような眩しい世界が広がる。
「取材今日だっけ? 忘れてたよ!」と言いながら出迎えてくれたのは、元芸人の店主、よーかんちゃん(83歳)。
「店内の雑貨は、すべて僕の趣味。光り物が好きなんだ」
まずはおすすめだというグレープフルーツハイで乾杯。絶品の料理に舌鼓を打っていると、よーかんちゃんによるショーが始まる。
「曲はすべてオリジナルで、カセットテープで流している。テープが切れたら二度と聴けなくなってしまうんだよ」よーかんちゃんの若さの秘訣
年齢を感じさせない軽快なステップと声量。14歳から芸人を始めたというだけあり、ユーモア溢れるステージ。曲中には、客の名前や特徴、話した内容が盛り込まれ、店内は大盛り上がり。ショーが終わると若さの秘訣を語ってくれた。
【よーかんちゃん】
住:東京都台東区根岸1-2-12 坂本ビル
営:月曜~土曜17:00~23:00
休:日曜
電:03-3875-1511
料:飲み放題10000円 料理付き15000円(サービス料込み)
会員制だが実は一見さんでも入店可能
事前連絡で料理のリクエストも可
撮影/鈴木大喜