スポーツ

ビンスが“賞味期限切れ”ウォリアーを解雇――フミ斎藤のプロレス講座別冊 WWEヒストリー第114回

サマースラム 91

いつのまにか“不満分子”になっていたU・ウォリアー。ビンス・マクマホンは「サ マースラム91」の2日後、ウォリアーの解雇を発表した。(写真は「サマースラム 91」オフィシャル・ビデオの表紙カバーより)

 夏のスーパーイベント“サマースラム”(1991年8月26日=ニューヨーク、マディソン・スクウェア・ガーデン)には、“ザ・マッチ・メイド・イン・ヘブン、ザ・マッチ・メイド・イン・ヘル The Match Made in Heaven, The Match Made in Hell”というサブタイトルがつけられていた。“天国と地獄”といったニュアンスととらえればわかりやすいかもしれない。

 “天国”は“マッチョマン”ランディ・サベージとエリザベスのリング上でのウェディング・セレモニーで、“地獄”とは現実の戦争のパロディとして物議をかもした湾岸戦争ドラマの最終回となるハルク・ホーガン&アルティメット・ウォリアー対サージャント・スローター&カーネル・ムスタファ(アイアン・シーク)&ジャネラル・アドナンの2対3ハンディキャップ・マッチのことだった。

 イベント当日、ガーデンのバックステージでは予期せぬ事件が起きた。メインイベントに出場予定だったウォリアーが、ビンス・マクマホンに対し「契約年俸とは別ワクでPPVごとに100万ドルのファイトマネーを支払うこと」「試合スケジュールの軽減」「契約内容の見直し」を要求。この条件が受け入れられない場合はこの日の試合には出場しない、という強硬手段を示した。

次のページ 
ビンスはその場での即答を避け…

1
2
3





おすすめ記事