雑学

「終わらせる勇気がないと何かを始めることはできない」――爪切男のタクシー×ハンター【第六話】

 黒人の黒光りするブツを握った夜に聴いたオスカー・ピーターソン・トリオの「We Get Requests」。スピーカーから流れて来る美しいピアノの旋律。今まで聴いてきたどんな演奏よりも深く深く私の心に響いてくる。私は初めてジャズを聴いて泣いた。ただ泣いた。その夜から私の人生において、ジャズは無くてはならないものになった。その理由はうまくは説明できないけれど、なんだろう、今日さえよければそれでいい。そんな諦めにも似た前向きさから生み出される勇気のような何かがジャズという音楽には確かにあるのだ。  力道山によく似た顔をしたジャズ好きのタクシー運転手は絶句していた。車内に流していたジャズのBGMに興味を持った私に、軽い気持ちで聞いた「お客さんがジャズを好きになったきっかけって何ですか?」という質問の答えとして、私の答えはいささか重過ぎたかもしれない。少しの沈黙の後、運転手は言った。 「終わってしまう前に終われ」 「はい?」 「私の大好きなマイルス・デイヴィスの言葉です」 「さすが、ジャズの帝王。かっこいい言葉ですね」 「お客さんは終わってしまう前に終わろうとしたのかもしれないですね」 「終わり……ですか」 「自分で何かを終わらせる勇気がないと、自分で何かを始めることってできませんからね」  運転手の言う通りだ。黒人をフェラしようと決めた時、私は政治家になることまで志した。確かに終わりから始まる何かがあるのかもしれない。一度終わったつもりで明日から生きてみよう。少しウキウキしながら窓の外を見ると、ココイチから出てきたおっさんがヤンキーにボコボコにされている様子が見えた。カレーを食った後にボコボコにされる。終わりだ。頑張れ、おっさん。終わりから始めるんだ。私は心の中で強くそう祈った。 文/爪 切男 ’79年生まれ。会社員。ブログ「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」が人気。犬が好き。https://twitter.com/tsumekiriman イラスト/ポテチ光秀 ’85年生まれ。漫画家。「オモコロ」で「有刺鉄線ミカワ」など連載中。鳥が好き。https://twitter.com/pote_mitsu ※さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、その密室での刹那のやりとりから学んだことを綴ってきた当連載『タクシー×ハンター』がついに書籍化。タクシー運転手とのエピソードを大幅にカットし、“新宿で唾を売る女”アスカとの同棲生活を軸にひとつの物語として再構築した青春私小説『死にたい夜にかぎって』が好評発売中
1
2
3
死にたい夜にかぎって

もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!

⇒立ち読みはコチラ http://fusosha.tameshiyo.me/9784594078980





おすすめ記事