父親の家庭内アイデンティティ
田中俊之氏
田中:僕が最近聞かれて、うまく答えられないのが「家庭内でお父さんにしかできない役割ってあると思いますか?」という質問なんです。
安藤:子どもの年齢にもよりますよね。やっぱり小学校低学年くらいまでは、ママと同じように子どものお世話がある程度できたほうがいいと思う。でも思春期に入ったら、父性ならではの役割があると思いますね。先生はこれからだと思うけれど。
田中:そうですね。
安藤:ただおまえのことを信じているよ、いつも見ているよ、愛しているよっていう。育てようとする、手をかけようとするんじゃなくて、見守って信じてあげられるパパでいようぜっていつも言っています。
田中:それは誰にでもできますよね。
安藤:管理職も同じで、部下のことをすぐ「アイツはできない奴だ」って言ってしまう上司がいるんだけれど、そうじゃなくて。その部下はそこで力を発揮してないだけであって、じゃあどういう環境に置けば彼の“やる気スイッチ”が入るのかと考えてあげるのが、本当のマネジメントだと思う。たぶん会社で根性論でハラスメントまがいのことをやっちゃう人って、家庭でも子どもに同じことをやっているんじゃないかな。だから子育てがうまいパパはたぶん、部下育てもうまい上司になると僕は思っているんですよね。
田中:父親の役割は環境づくり。仕事だったら部下、家庭だったら子どもが力を発揮できる環境作りをすることが大事だってことですよね。
安藤:「子育て」じゃなくて「子育ち」の環境整備ですよね。子どもは自分で育つ力を持っているんですよ。その環境をどう整えるのかが父親の腕の見せ所。逆にいま、「塾行きなさい」「習い事しなさい」って言っちゃうと、水とか養分をどんどん与えすぎて。
田中:はい、はい。
安藤:そのせいで根腐れしている子どもがいっぱいいる感じがしますね。以前、近所に習い事を週8つしていた小1の男の子がいましたよ。疲れたサラリーマンみたいな顔していて。
田中:それはとくに、東京のよくないところかなって思いますよね。やろうと思えば、8つでも9つでも習い事ができてしまう。
安藤:こういう時代なので、リスクヘッジのためにいろいろやらせようとしちゃう。それが逆効果になることもあると思うので、もっと子どもの力を信じてあげて、本当に必要最小限の養分や水を与えてればいいんだろうな、と。
田中:いま、うちすごいですよ。幼児教室のチラシが(笑)。1歳児に、もう小学校受験を意識したクラスみたいな手紙が届くんです。ママ友の間でそういうことが話題になったりすると、どうしても女性は気にしますよね。
安藤:パパたちには、そういう不安なママたちを中和してあげられるような、家庭内の情報制御をしてあげる役割もあるんじゃないかな。でも最近「ママ化」しているパパもけっこういて、ママのように母性を発揮して、「あれもしろ」「これもしたほうがいい」とリスクを気にしているパパたちも見かけるよね。これも現代のパパが抱えるストレスなのかな。
※対談は2月17日に飯田橋で行われた出版記念パーティの模様から収録
【安藤哲也氏】
1962年生まれ。二男一女の父親。出版社、書店、IT企業など9回の転職を経て、2006年にファザーリング・ジャパンを設立。厚生労働省「イクメンプロジェクト推進チーム」顧問、内閣府「男女共同参画推進連携会議」委員、内閣府「ゼロから考える少子化対策プロジェクトチーム」、観光庁「休暇改革国民会議」委員などを歴任。NPO法人タイガーマスク基金代表も務める。近著に『
「パパは大変」が「面白い!」に変わる本』(扶桑社刊)がある
【田中俊之氏】
1975年生まれ。武蔵大学社会学部助教。博士(社会学)。社会学・男性学・キャリア教育論を主な研究分野とする。『
男性学の新展開』(青弓社)、『
男がつらいよ 絶望の時代の希望の男性学』(KADOKAWA)、『
〈40男〉はなぜ嫌われるか』(イースト新書)、『
男が働かない、いいじゃないか!』(講談社+α新書)など著書多数。一児の父。
<構成/伊達一真>