ライフ

「るりちゃんに触ってみたい」――46歳のバツイチおじさんはさらに大きな邪念を抱き“もうひとりの俺”と話し合った〈第41話〉

涼しくなってから海沿いを二人で歩く

途中、花火やカラフルな出店がたくさん出ていることに気づいた。 どうやら今日はお祭りをやっているようだ。 ふと、高校時代に初恋の娘と偶然出会った田舎の夏祭りを思い出した。 夜のお祭りをカップルで歩くのがあの頃の夢だった。 30年の時を超え、南インドでそれが実現しようとしていた。 しかも、相手は初恋の娘によく似た雰囲気を持つるりちゃんだ。 俺の恋心は徐々に高まっていった。 るり「わーーー、綺麗~。これも可愛い~」 出店に並ぶカラフルなヒンディー教のグッズにるりちゃんの顔は高揚していた。 すると、るりちゃんの足が一軒の出店で止まった。 るり「わー、ヒンディーの神様のお人形だ~。小さくて可愛い~」 俺「るりちゃん、俺、どれかプレゼントしたいんだけど」 るり「えー、悪いですよ」 俺「いや、イイよ。一個100円くらいだし」 るり「本当ですかー?」 俺「うん。その中から選びな」 るり「えー、じゃあ、甘えちゃいますね。どれにしようかな~。女性の神様がイイんですけど」 俺「それは? その象みたいな神様」 るり「あ、ガネーシャですね。シヴァ神の子供ですよ」 俺「可愛いじゃん」 るり「じゃあ、それにします! ありがとうございます!」 それから、るりちゃんは自分用の神様フィギュアも買い、俺からのプレゼントであるガネーシャのフィギュアも大切そうにバッグに詰めた。 ガネーシャのおかげなか、それからものすご~くイイ雰囲気になった。 少しの冗談でるりちゃんはケラケラと笑った。 自然な笑顔が相変わらず素敵だ。

ヒンディー教の神様のフィギュア。象の頭を持つのがガネーシャ様

それから20分ほど歩くと、辺りの明かりが全て消え真っ暗になった。俺は懐中電灯をつけ、目当てのレストランをなんとか探し当てた。なかなか素敵な雰囲気のお店だ。二人で夜風に当たりながら、ベジタブルカレーとフィッシュカレーを食べた。

南インド名物のフィッシュカレー

俺「おいしくない? このカレー」 るり「おいしい~。実はりー、このお店ずっと気になってたんです。最後に来れて良かった~」 出たーー! るりちゃんが自分のことを『りー』と呼んだ。 カンニャクマリ以来、久しぶりの『りー』だ。 これはるりちゃんが俺に心を許した証しのはず。 俺「風も気持ちいいね」 るり「うん。いい風ですね」 なんだかとてもロマンティクな雰囲気だ。 露店で買ったガネーシャの力が働いているのかもしれない。 すると、奥から一人のインド人のおっさんがやってきた。 どうやらこの店の店長らしい。 インド人「君たち、日本人か?」 俺「はい。なんでわかったんですか?」 インド人「俺、極真空手やってるからね。何となく」 るり「すごーい」 するとおっさんはいきなり深呼吸を始めた。 インド人「キエー!」 いきなり大声を出し、空手の形をやり始めた。 インド人「おい、日本人、お前は空手できないのか?」 調子に乗って俺を挑発してきた。 ここで怯めば男がすたる。こちとら日本男児。しかもるりちゃんの前だ。 俺はスクリと立ち上がった。 俺「ハーーーーー!」 掛け声とともに、ゆっくりと手を蛇の形にした。 そう『蛇拳』だ。ガルシアの気を引こうと披露したとき以来の、蛇拳ダンスだ。 おっさんが突きをすると、それに蛇のように手首を絡め、おっさんの目を突く。 するとおっさんが、それを払い逆手で突きを入れる。 それを蛇の胴の部分で弾き、二本指でおっさんの目を突く。 「るりちゃん、見てるー?」 るりちゃんのほうに目をやった。 「あれ?」 るりちゃん、ドン引きしている。 俺は速攻で心の蛇を収め、おっさんと握手をした。 俺「あのおっさん、面白いね~」 さりげなくるりちゃんに微笑みかけた。 すると、るりちゃんは思いっきり愛想笑いをした。 変なおっさんのせいで二人のロマンティクな時間が終わってしまった。 どうやらガネーシャは気まぐれな神様のようだ。 俺は自分自身のお調子者の性格を後悔した。 二人は来た道を戻った。 暗闇から街の明かりが見えてくるとビーチには多くのインド人がたむろしていた。

祭りの夜。夜の海にたむろするインド人たち

蛇拳で無くしてしまったロマンティクな雰囲気を取り戻さないと。 このまま終わるわけにはいかない。 今日はるりちゃんとのラストナイトだ。 俺「ねぇ、少しカフェに寄ろうよ」 るり「いいですよ。喉が渇いちゃいました」 それから宿の近くの海沿いのカフェでお茶をした。 ここもなかなかロマンティクな雰囲気の店だ。 俺「明日何時の飛行機なの?」 るり「2時過ぎなんでお昼前にはここを出ないといけないです」 俺「…そうなんだ。」 るり「さみしいです。まだ、インドにいたいです……」 俺「この後、ハワイだっけ?」 るり「はい」 俺「絶対、ハワイも楽しいよ」 るり「ですよね」 俺「そうだよ、ハワイ最高じゃん!」 その時、二日前にナンパしてきたあの若いインド人が、また現れた。 なんだこいつ、つけてるのか!? 若いインド人「はーい。一緒に座って良い?」 俺「ごめん。今日は忙しいからちょっと勘弁してくれ」 しかしこいつは俺を無視して俺たちの席の前に座り、るりちゃんに話しかけた。 若いインド人「今日は何してたの?」 るり「一緒にごはん食べに行ってました」 俺「おい、頼むからどっか行ってくれ」 若いインド人「いつまでいるの?」 るり「明日帰るんです」 若いインド人「そうなんだ。今晩、遊ぼうよ。どこに泊まってるの?」 完全に俺を無視してるりちゃんに話しかけ続けている。 俺「何であんなに馴れ馴れしいの?(以下、日本語)」 るり「昨日の昼間、ビーチで少し話をしたんです」 俺「そうか」 るり「悪い人じゃないんですけど…」 俺「るりちゃん、もうここを出て俺の部屋で涼もうよ」 るり「そうですね。そうしましょっか」 二人は立ち上がりお会計をし、宿に戻ろうとした。 しかし、若いインド人はまだしつこく俺らのあとをついてきた。 さすがにムッときたが、冷静に冷静に。 俺「ごめん、もう俺たち帰るから。また今度ね。俺はまだいるから、また遊ぼう!」 俺は彼に手を差し出した。 彼は渋々握手を返した。 そして、さすがについてくるのをやめた。 このとき俺の頭の中にはある疑念が生まれていた。 若いインド人がしつこいとはいえ、ちょっと馴れ馴れしすぎる。 俺たちはずっと二人でいるのだから、カップルだと思われてもおかしくないはず。 にもかかわらず、あのインド人は俺を無視して席に座った。 そして、彼とるりちゃんは一回海辺で話をしている。 そのことから推理すると、るりちゃんと彼との間にこんな会話があったに違いない。 若いインド人「ねぇ、この間一緒にいた人、彼氏なの?」 るり「ううん。“ただのお友達”です」 “ただのお友達”、“ただのお友達”、“ただのお友達”……。 この言葉が頭の中でぐるぐると渦巻き出した。 俺とるりちゃん。一緒に旅をしてはいるが、二人の関係は“ただのお友達”。 それはまぎれもない事実なのである。 なんで俺たちはいつまでも“ただのお友達”なんだろう? 俺は自分の心の奥底に眠るある感情に気づいた。 「フラれるのが…怖い…のか?」 昔からそうだ。 女の子とすぐに友達にはなれる。 だが、いつも友達止まり。 恋人関係までにはなかなか発展しない。 少女漫画で言ったらいつも脇役だ。 いや、年は46歳。 もう、少女漫画で脇役にすらなれない。 部屋に戻ると、るりちゃんが訪ねてきた。 正真正銘、最後の夜だ。 しかし、いつもは嬉しくてドキドキしていたが、この日は違った。 「そうか、“ただのお友達”と思ってるから、気兼ねなく部屋に遊びに来てたのか……」 るりちゃんは最後の夜でも安心し切った顔をしている。 俺はそれに気づいてしまい、妙に虚しくなっていた。 しかし、話題を途切らせるわけにはいかない。 俺「そういや、パソコンに漫画入ってるよ」 るり「えー、読みたい~」 るりちゃんは完全に信頼し切った様子で、ベッドに寝そべって俺のパソコンで漫画を読んでいる。 まるで、高校時代の親友のようだ。 とても愛の告白をするような雰囲気ではない。 そうしているうちに時間は刻一刻と過ぎていき、夜の11時20分を回っていた。 「そろそろるりちゃんが部屋に帰る時間だ」 るりちゃんは毎晩11時30分にはきっちり部屋に帰る。 最後の夜とはいえ、シンデレラの魔法は時間きっかりにとけてしまうのだろう。 「どうすればいいんだ……。どうすれば……」 時計の針が無情にも11時30分を指した。 るりちゃん最後の夜が“ただのお友達関係”のまま、終わろうとしていた。 もう神頼みしかなかった。俺はガネーシャに祈った。 「ガネーシャ様、どうかもう少しだけ俺に時間を下さい!」 ふと、ガネーシャがニヤリと笑ったように感じた。 すると突然、るりちゃんの雰囲気が変わった。 部屋の中に静寂が訪れた。 「何が起きたんだ?」 よく見ると、るりちゃんが漫画を読みながらベッドの上で寝息を立てている。 俺は静かにるりちゃんのほうに顔を寄せた。 「こ、こ、これは! ガネーシャがラストチャンスをくれたのかもしれない! ……いやもしかして、今晩は最後だから一緒に寝たいということなのかも!?」 俺はるりちゃんの寝顔を見た。 すごく綺麗だ。 こんなに近くでるりちゃんの顔を見たのは初めてだった。 俺は頬杖をつきながら10分ほどるりちゃんの寝顔を眺めた。 おっさんの頬杖、少し気持ち悪いがガネーシャ様以外には今のところ見られてない。 「本当に可愛い」 目も鼻も小さな耳も唇も髪の毛も全て完璧だ。 そして“ただのお友達”にもある欲望が生まれた。 「……るりちゃんに触ってみたい」 嫌われるかもしれない。 もう“ただのお友達”に戻れないかもしれない。 それでもるりちゃんに触れたかった。 だが、俺の中の“もうひとりの俺”がそれを制止しようとしていた。 「触りたい」 「やめとけ」 「嫌われたらどうしよう?」 「向こうは“ただのお友達”としか思ってないぞ」 「そうだよな」 「このままいい関係で終わろう」 「いや触りたい」 「やめとけよ」 「ただの“お友達”でいいのか?」 「それは嫌だ」 「お前こそ怖いんだろう?」 「……」 「ビビってんだろう?」 「……」 「怖いのはわかるぞ」 「……」 「でも頑張れよ。好きなんだろう?」 「…うん」 「な、素直になれよ」 「うん」 「俺はるりちゃんが好きだ!」 「大好きだ!」 「頑張れ!俺!」 「やるし(こ)ないんだ」 「やるし(こ)ないんだ」 「やるしかないいんだよ!」
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俺は覚悟を決めた
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