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おっさんは、いつも心にマイ入場曲を持っている――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第13話>

止まることを知らない落合さんの暴走

 いよいよ、年度末の会合の日がやってきた。早目にやってきた落合さんは、音響係の若者(新婚さん)にあれやこれやと注文を付けていた。 「会長の挨拶終わると会計報告だろ、そこで俺の名前が紹介されるわけだ。そこから2拍子おいてから再生する。頼んだぞ。早すぎても遅すぎてもダメだ。入場曲はタメが命なんだから」  若者はすげえ面倒くせえなあという顔をしながらうんうん頷いていた。  もう一度落合さんに忠告する。 「やめといたほうがいいですよ。ちゃんとした会合なんですから、プロレスの入場曲なんて」  それでも落合さんは聞かない。 「なあに、毎年ざっくばらんな会じゃないか、きっとバカウケよ。どうせ会計報告の後は余興で若手が躍るだろ、それが少し早まるようなもんだ」  確かに、この会合はかなりざっくばらんな軽い感じだ。もしかしたら落合さんのサンライズも受け入れられるかもしれない。でも、さすがに会計報告にサンライズはやりすぎだ。そう思い僕が口を曲げた表情を見せていると落合さんが続けた。 「なぜプロレスの入場曲があんなに派手でかっこいいのかわかるか?」  僕はすぐに答えた。 「それは人気商売という側面もあるからでしょう。かっこよくてなんぼみたいなところありますよ」  その言葉に落合さんは首を振った。 「そうじゃない。あれは自分を追い込んでいるんだ」  さらに続ける。 「めちゃくちゃ派手にかっこよく入場したのに試合でコロッと負けちゃったら恥ずかしいだろ。入場が派手でかっこいいほど負けられなくなるんだよ。だから入場曲ってやつはそいつの全てを賭けた存在なんだ。絶対に負けられない、そんな気持ちを背負わせてくれる。そんなものだ」  言っていることは筋が通っているが、レスラーはその先の闘いに全てを賭ける思いで入場してくるわけだ。でもあんたは会計報告じゃないか。何も背負ってないだろ。勝ち負けですらない。異常なしです、って報告したら終わりじゃないか。  不安の中、ついに会合が始まった。例年通り、ざっくばらんとした空気で緊張感はない。あちこちで笑い声が聞こえてくるくらいだ。この雰囲気ならギリギリ落合さんの悪ふざけも許容される。そう思った。  町内会長が挨拶のために壇上にのぼった。そこでもちょっとした野次が飛び、笑いが起こるような、かなりくだけた空気だった。ちょっと早いが下ネタも飛び出したくらいだ。これだったらいける。落合さんも大丈夫。あのサンライズも受け入れられる。スタン・ハンセンが入場してきても大丈夫だ。確信めいた思いが生まれた。  しかしながら、町内会長のある一言から様子が一変した。 「先日、私の同志が亡くなりました。ずっと志を同じくして活動してきた仲間です。この年になると仲間が増えていくことより減っていくことの方が多く、悲しいものです」  町内会長は淡々とその同胞との思い出を語っていく。会長は語りながら涙声になっていった。その思い出話に共鳴したのか、それとも会長の涙に魅せられたのか、野次や笑いはなくなり、会場内は沈痛な雰囲気で満たされた。 「だめだ、この雰囲気の中スタン・ハンセンはまずい。とんでもないことになる」  急に湿っぽくなり焦った。しかし僕の席から音響係の場所は遠い。というか、この沈痛な雰囲気は席を立つことすら許されない感じだ。音楽をやめさせることはできそうにない。こんな重苦しい空気の中、スタン・ハンセンで入場してくる奴がいるなんて考えたくもない。 「以上です。みなさんありがとうございました。しんみりとしてしまいましたが、今年も和気あいあいといきましょう」  会長の挨拶が終わった。いまだに沈痛なムードだ。ダメだ、会長はこの直後に和気あいあいを振り切ったやつが入ってくることを知らない。ダメだ、やめろー!
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それでもいつか、曲とともに入場する日を夢見るのだ
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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