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おっさんは、いつも心にマイ入場曲を持っている――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第13話>

ダサいダンスの真相

「俺はさ、色々考えてマイナーな入場曲とかにもしたけど、最終的には三沢光晴にしたわ。スパルタンX」 落合さんはそう言って笑った。まるで何度か格闘技の試合を経験し、そのたびに入場曲を変えてきたような口ぶりだが、絶対に一度も入場したことはない。 「僕もグレートムタ(初期)とかにしてたことありましたけど、UWFに落ち着きましたね。あれかっこいいんですわ」  もちろん僕も格闘技の試合に出たことはない。それでもこの口ぶりである。あたかもUの遺伝子を引き継いで試合に出たような態度だ。  みなさんもおっさんと心の距離を縮めたいならばおっさんに入場曲を聞くと良い。話が通じないこともあるだろうが、通じるとグッと親密になれる。それくらい一部のおっさんは心に入場曲を持っている。  何度も言わせてもらうが、悲しいことに、いくら心に決めていても普通は入場曲を伴って入場する場面がおっさんに訪れることはほとんどない。  唯一、結婚式だけが最大のチャンスだが、そこで三沢光晴のスパルタンXで入場しようものなら嫁に逃げられる。嫁にエルボを食らう。どうしても安室奈美恵とかのセレブレーになってしまい、そこにチャンスはないのだ。 「実はさ、今度の年度末の会合で決めてやろうと思ってるんだわ」  落合さんは耳打ちするようにして言った。 「えっ!? 何をですか?」  そう反応すると、落合さんは人に聞かれてはまずいと、電柱の陰に僕を誘って話してくれた。 「年度末の町内会の会合あるだろ。ほら、最後に予算使い切るためにちょっといい会場でやる飲み会」  「ああ、ありますね」  いつも予算がないと言っている町内会なのに、なぜか最後の飲み会は豪勢だ。あの金はどこから出てきているんだろう。 「おれ会計だからさ、会計報告やるのよ。そのときに決めてやろうかと思ってさ」  落合さんは悪だくみする少年のような顔をしてそう言った。 「まさか……」 「そう、そのまさか。入場曲を伴って入場してやろうと思ってる。もう音響係は買収してある。気の弱い山下さんだからな。バーンと入場曲で入場して会計報告よ」  とんでもない面倒くさい人だ。まさかそんなことを企んでいるなんて。 「まさか、その入場のダンスの練習だったんですか? スパルタンXに合わせてあのダンスで入場するんですか?」 あのすげーダサいダンスは入場のためだったのか、と思ったが、落合さんは否定した。 「確かに入場のためのダンスだが、会合では三沢光晴のスパルタンXは使わない。あれは会計報告には合わないからな」  “会計報告には合わないプロレス入場曲”というよく分からない概念が飛び出したが、そういうものらしい。じゃあ、会計報告に合う入場曲はなんだよ、と新たな概念で質問した。 「サンライズだな」  サンライズとは、スタン・ハンセンというレスラー界でもなかなかの暴れ者が使っていた入場曲である。  西部劇を思わせる軽快なメロディから始まる楽曲だが、突如として嵐が襲ってきたように曲の雰囲気が変わる。暴力的になったメロディと共に荒縄を持ったスタン・ハンセンが観客を襲いながら入場してくるのだ。  観客は逃げ惑い、混乱が訪れる。ハンセンはその混乱の中で颯爽とリングインし、右腕を挙げて雄たけびをあげる。テキサスロングホーンだ。プロレス界でも屈指の暴力性を誇る入場シーンだ。これのどこが会計報告に合うのか分からない。 「暴れながら入場するんですか? 町内会長とか殴るんですか? スタン・ハンセンみたいに」  そう質問すると、さすがにそこまではしない、というジェスチャーを見せた。 「ただな、荒縄を振り回すところだけはダンスで表現しようと思うんだ。だからな」  落合さんはすごく“してやったり”みたいな顔してるけど、僕は何のことか分からなかった。はてな? みたいな顔をしていると、それを察して落合さんが、あの何もないところを掃除する仕草を見せた。 「ああ、そういうことかー!」  やっとつながった。あの一連のクッソダサいダンスは荒縄を持って暴れるスタン・ハンセンだったのか。クッソダセえ。 「みてろよ、決めてやるぜ」  そう言う落合さんを見ながら、なにかろくでもないことになる予感しかしなかった。
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止まることを知らない落合さんの暴走
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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