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おっさんは、いつも心にマイ入場曲を持っている――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第13話>

それでもいつか、曲とともに入場する日を夢見るのだ

「それでは会計報告です。報告は会計係 落合さんです」  やめろー、若者、空気を読んで音楽を流すのをやめろー! サンライズをやめろー! 太陽出るなー!  その願い空しく、きっちり紹介から2拍子置いて、あの西部風の軽快な音楽が流れた。 「チャラララララララララ―ン チャラララララララララ―ン ヒヒーン」  周りの人たちもなんだなんだと周囲を見回す。やめろーやめてくれー!  僕の願いも空しく、サンライズはあの嵐のような音に変化していた。そしてドアが開いた。スタン落合ハンセンが入ってくる。 「おどってるー!」  落合さんだって空気が沈痛になったことは分かっていたはずだ。それでも入場曲を流してしまった手前、踊りながら入ってくる道を選んだのだ。その心意気や良し。暴力的に流れるサンライズを背負い、落合さんは躍った。会場内の全員が苦笑いである。  くっそダセえー!  開いたドアのその場所で、両手を上下に連ねて左右に振るあのダサいダンスを踊っていた。ただ、さすがにバツが悪かったのか、俯きながら入ってきた。その光景をみて思った。 「あれは下を向きながら踊ってるからダンスではなく掃除だな」  結局、誰に触れられることもなく、腫れ物扱うような空気の中、淡々と落合さんの会計報告は終了した。腫れ物が会計報告しとるわ、くらいの感じだった。  腫れ物の会計報告は、やはり「お手元の資料の通り、今年度も異常なしです」だけだった。だれもあの入場には触れることはなく、終わった。  でも、落合さんの顔はバツが悪そうだったけど、なんだか満足そうでもあった。早い話、いい顔していた。だって入場曲を流せたから。  僕らおっさんは心の中に入場曲を持っている。それはきっと人生を豊かにしてくれるものに違いない。  きっと来ないだろうけどいつか来るかもしれないその日に向かって、前向きに歩くことができるからだ。いつかきっと歓声を受けて、大音量の入場曲と共に入場する日が来ると信じて。  こんな自分でもいつか日の目を見るかもしれない。たちあがってくる朝日のように。サンライズのように。 【pato】 テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。ブログ「多目的トイレ」 twitter(@pato_numeri
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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