更新日:2018年12月25日 15:30
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寂しくたっていいじゃない。世界のおっさんへ、少し早いメリークリスマス――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第22回>

その1 流血のクリスマス

「じゃあ俺から話そうか」 赤いシャツのおっさんの右横にいたおっさんが口を開いた。魚屋がかぶるみたいな青い帽子をかぶっているおっさんだ。 「クリスマスイブに女とデートなんてさ、縁がないと思っていたんだけど……」 おっさんは何かを確かめるようにゆっくりと話し始めた。 「こんな俺がクリスマスイブに女とデートなんてないと思っていたわけよ、ただ、あの年だけは違っていた」 その年のクリスマスイブは朝から冷え込んだらしい。 いよいよもってホワイトクリスマスか、と朝からニュース番組が騒ぎ立てていたそうだ。魚屋さんはずっとモテない青年期を過ごしていたが、おっさんと呼ばれても違和感ない年齢になって、はじめて女とデートをするチャンスが転がり込んできたそうだ。なんとかビーチみたいな砂浜っぽい名前の出会い系サイトで知り合ったらしい。 その女と初めて会ってデートすることになった。待ち合わせは新宿だった。 事前にもらっていた写メでは、決してカワイイというレベルではないけど、まあまあ良かったらしい。なにより、やり取りを通じているうちにいい子なんだというのが伝わってきて、こんなおっさんでも愛してくれると思えたらしい。 「待ち合わせは夕方の6時だった。忘れもしないよ。ただ、その朝に大変なことが起こった」 魚屋さんは遠い目をしながら、人差し指を眉間にあてた。 「ここにさ、ニキビっていうのかな、吹き出物ができてることに気が付いたんだ」 そんなもの長いことできたことなかったのにな、デートで気持ちが若くなって高校生みたいに肌まで若返ったのかもな、魚屋さんはそう言って笑い飛ばしていた。 けっこう存在感を増した吹き出物が眉間にできている。これは良くない。できることなら最高の自分でデートに臨みたい。吹き出物のない自分でいたい。触ってみると、コリコリと芯みたいなものが触れたそうだ。 「これさえ出してしまえば」 そう思ったらしい。芯さえ出てしまえばかなりの存在感であった吹き出物も目立たなくなる。魚屋さんの苦闘が始まった。 けれども、いくらやっても芯が出てこない。それどころか、吹き出物自体がどんどん赤みを増していって、痛みとか出てきたらしい。完全に触りすぎて皮膚とか剥がれてきている。逆にめちゃくちゃ目立つようになってしまい、まずいと思ったそうだ。 「もう時間だ、家を出なくちゃならない。不本意だがそのまま電車に乗った」 完璧な自分ではないにしろ時間に遅れるわけにはいかない。そう思って電車に乗り込む。もう日が暮れていた。西武新宿線の車窓に自分の姿が映った。 「嘘だろ?」 その姿に驚愕した。ちょっと赤くなっている程度かなと思っていたが、吹き出物が途方もない存在感を放っていた。スナイパーにレーザーサイトで狙われている人みたいになっていたらしい。 「このままじゃいけない。絶対に芯を出さなきゃいけない。そう思ってまた無我夢中よ」 車内での格闘が再び始まった。あの手この手で吹き出物に圧力をかける。なんとか芯を出そうと力を込める。そして、ついに物語が終局を迎える。 「ちょっと太めの血管を傷つけたんだろうなあ」 めちゃくちゃ血が出たらしい。もうどうしようもないレベルで血が溢れてきて、マグマのように枝分かれして流れ落ちていく。西武新宿線の車内が一瞬パニックになるくらいだった。 血が止まらない。でも待ち合わせに遅れるわけにはいかない。どうする。どうする。魚屋さんは悩みぬいた。 そして、クリスマスに彩られた新宿の待ち合わせ場所に有刺鉄線マッチをした直後の大仁田厚みたいな男がやってくることになる。待ち合わせをしていたら、相手が血だるまになってやってくるのだ。さぞかし驚いたことだと思う。 「もうそこから何も覚えてないな。血の色くらいしか思い出せない」 魚屋さんはそう言って笑った。少しだけ悲しそうにして笑っていた。 意見を求められているような沈黙が流れたので、僕なりの意見を述べる。 「もしかしたら貧血で意識が遠のいていたのかもしれませんね。だから記憶がないのかも。なんにせよ、血の赤でも赤は赤、ずいぶんとクリスマスじゃないですか」 惚れ惚れするくらい他人事なコメントだが、おっさんどもは「そういう解釈もあるのか」という表情を見せていた。やはり、知らない人に聞いてもらうことは大切なのだ。
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その2 ザ・ホワイトクリスマス
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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