更新日:2018年12月25日 15:30
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寂しくたっていいじゃない。世界のおっさんへ、少し早いメリークリスマス――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第22回>

その2 ザ・ホワイトクリスマス

「じゃあ俺の話も聞いてもらおうか」 今度は赤シャツの左隣のおっさんが話し始めた。ハズキルーペみたいな形なんだけどハズキルーペじゃないメガネをかけたおっさんだ。 「まあ俺は何年も前に離婚してるんだけど、子供が二人いるのね。その子供も妻の方に引き取られて会えない日が続いていたわけ……離婚して何年かしてのクリスマスイブだったなあ……」 クリスマスが近づくと、家族と過ごした日々を思い出して胸が苦しくなるらしい。今年もクリスマスイブはガーッと酒でも飲んで寝るか、そう考えていると元嫁からメールが届いた。 「子供たちがクリスマスプレゼントを欲しがっている」 チャンスだと思ったらしい。昔のような家族に戻れないまでも、そのようなワンシーンに浸ることができる、そのチャンスだと思った。 「何が欲しいんだい?」 子供たちはまだ幼く、おまけに男の子と女の子だった。欲しいものは当時放送していたプリキュアの何かと、仮面ライダーの何かだったらしい。すぐに買いに走った。イトーヨーカドーに走った。 頼まれた品はどちらも品薄だったらしく、売っていないなかったそうだ。むしろ、それが人気の品だということも知らない、人気の品をこんな駆け込みで買いに行っても買えない、そんなことも知らなかった自分を恥じたそうだ。 こんな自分でも父親らしいことをできるチャンスと意気込んだが、それは叶わなかった。なぜだか知らないけど、イトーヨーカドーのおもちゃコーナーで信じれれないくらい落ち込んだそうだ。 「自分って何なんだろうなって思ったわけよ。せめてこうして頼られた時だけでも上手くやりたかった。でも、上手くいかなかった」 ハズキルーペはどうしていいのかわからなくなったらしい。代わりのおもちゃを買おうと思ったが、子供たちが何に夢中で、何を欲しがっているのか、全然分からなかったらしい。何がプリキュアで、何が今の仮面ライダーなのかも分からない。自分は今まで何をやっていたんだと愕然として、自然と涙が溢れてきた。 「必死で思い出そうとしたんだ。まだ家庭が家庭であった時のことを思い出して子供たちが何を喜んでいたか、何を欲しがっていたか、必死に思い出そうとした。そして、思い出した」 「な、何を買っていたんですか!?」 少し前のめりになって聞き入る。ハズキルーペは少し間を開けて答えた。 「豆腐よ」 !!?????!!?!?!?! 僕がマゴマゴしていると、念を押すように再度言った。 「豆腐よ」 ハズキルーペの記憶の中に、豆腐を美味しそうに食べる子供たちの姿があったそうだ。だから喜んでくれるに違いない。そう思ってイトーヨーカドーの1階で豆腐を買っていった。4パックだ。 「その日から子供たちには会ってねえなあ」 プリキュアの変身セットや仮面ライダーの変身ベルトをワクワクして待っていたら豆腐がきた。その時の子供の気持ちを思うと僕は何も言えなくなっていた。 「で、でも、豆腐って白いですよね。まるで雪のように。それってホワイトクリスマスですよね」 僕のコメントもかなり高いレベルで苦しい。よく分からない沈黙に耐えられなくなり、僕はまたイカ焼きを口に含んだ。
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その3 天使のクリスマス
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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