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設備は古く値段も高い…茨城県取手市のひなびたラブホを定宿にするワケ/文筆家・古谷経衡

高級旅館で執筆する文豪の気分

 平日宿泊6500円から、と謳っているものの、最低室料の部屋を取ることができるのは稀で、実際には8000円から9000円台が平日宿泊の中心帯である。祝前日など、1万3000円前後を払ったこともざらにある。  もう懸命な読者諸兄ならお分かりかと思うが、今日日(きょうび)、東京都内の有名ラブホ街でも、平日宿泊9000円台は「やや高い」部類に入る。例えば本連載第二回で紹介した渋谷の『ル・ペイ・ブラン』は、平日宿泊6500円均一である。  そう、『インナウ』は古典的な施設の割に、そして茨城県という立地のわりに「猛烈に高い」物件なのだ。…しかし、なぜ私はこの物件を定宿にしたのか。  理由はチェックインタイムである。『インナウ』の平日宿泊におけるチェックイン時間はなんと夕方16時。普通、ラブホテル宿泊のチェックイン時間は早くて夜20時、標準では21時から22時である。しかし『インナウ』は16時という夕方からチェックイン出来て、チェックアウト時間は翌昼の15時なのである。つまり筆者は何が言いたいのであるか。そう、『インナウ』は、最大23時間の滞在が可能なラブホテルなのだ。この滞在時間の長さは、物書きにとって途轍もなくありがたい。  16時にINしてチューハイをやりながら原稿を書き、朝の4時まで書き続けてぶっ倒れて寝る。10時間寝てもまだチェックアウトの1時間前だ。ほぼ丸1日、宿泊できる物件は、なかなかお目にかかったことがない。  一般的なビジネスホテルは14時INが普通だが、チェックアウト時間は決まって10時だ。他にも、大体ラブホテルの宿泊は辺境でも20時間、都心部では16時間滞在できれば長い方である。その点、『インナウ』は一部屋を丸一日貸し切りにできる、まさに「缶詰」専用のホテルなのである。  このラブホで、筆者は過去に自著を3冊くらい執筆した。他にも、雑誌原稿やWEB原稿を数えきれないくらい書いて、ここから送信した。だからこのホテルは、筆者にとって特別に思い出深いホテルとなっている。  よく大作家などは、出版社が手配した伊豆や箱根の旅館に「缶詰」になるというが、それは出版業界が好況に沸いていた遥か昔の話である。現在の出版社にそんな余裕はない。まして筆者のような物書きとしては下級クラスの、幕藩体制で言えばせいぜい1万石の田舎小大名に、出版社が無償でホテルや旅館などを手配してくれようもない。だから自分で見つけた。それがこの『インナウ』である。  ちなみに、筆者初の長編小説となる『愛国商売』(11月6日発売、小学館)の劇中に登場する主人公の南部照一(なんぶしょういち)は、この取手市に住んでいるという設定になっている。それもこれも、筆者が『インナウ』を中心として同市をくまなく徘徊した経験に基づいている。  そしてこの南部が、隣接する千葉県我孫子市に住む人妻Hと不倫情交する刹那の舞台のラブホテルは、当物件『インナウ』がモデルとなっている。だから何?と言われればそれまでだが、色々な意味で思い出深い物件である。  また「缶詰」の必要に迫られたら、筆者は迷わず『インナウ』を選ぶだろう。 ●ラブホテルQ&A Q 彼氏とラブホテルに行くことに抵抗があります。彼氏のことが嫌いなのでは無くて、なんとなくラブホテルに行くという行為が嫌なのです。前の人がセックスをした後の部屋でコトに及ぶと考えると不潔な感じがします。どうしたらいいですか?(神奈川県、30代、女性、会社員) A 主文。被告人を死刑に処す。な~にが「前の人がセックスをした後の部屋でコトに及ぶと考えると不潔な感じがします」だ!それじゃあなにか。1泊5万する都心の奇麗な「トーキョーの夜景が一望できる」シティホテルのダブルルームでは「前の人がセックスをして“いない”」とでもいうのかね?  しているんですよ。一泊8000円のラブホでも5万のシティホテルでも。チェックアウトした後に従業員がきれいにリネンしているのは、ラブホでもシティホテルでも同じ。ラブホだから「不潔な感じが」する、というのはとどのつまり「ケガレ」の発想である。ラブホテル=セックス=そこに入室するのは不潔、という方程式は、日本人特有のケガレの発想であり封建的差別意識の根源だ。  そもそも、筆者のように独りを楽しむため、仕事をするためにラブホを利用する「独りラブホ」の利用例はたくさんいるのだ。というか、だからこそこの連載が始まったのである。馬鹿な質問をするんじゃない。この慮外者っ!もしこの回答を以て反省したならば、罪一等を減じ、流罪に処すからそのつもりで。
(ふるやつねひら)1982年生まれ。作家/評論家/令和政治社会問題研究所所長。日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。20代後半からネトウヨ陣営の気鋭の論客として執筆活動を展開したが、やがて保守論壇のムラ体質や年功序列に愛想を尽かし、現在は距離を置いている。『愛国商売』(小学館)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり ヘイトスピーチはなぜ無くならないのか』(晶文社)など、著書多数
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