仕事

夢を追う42歳・日雇い男、年下ヤンキーバイトに説教される

派遣でやってきた女子高生

女子高生 そんな日々が続いてしばらく経った頃、現場にひとりの女子高生が派遣で入ってきた。彼女は仕事中僕のそばにいることが多かったので、暇を見つけては彼女と話した。古文の「いとをかし」の意味がどうだのというようなたわいのない話で二人でずっと笑っていた。  彼女は何日間か連勤した。そんなあるとき、僕にこう訊いてきた。 「ところで、小林さんって年いくつなんですか?」  訊かれたくなかったこの質問。僕は少し考えてからこう答えた。 「32歳だよ」  本当は42歳。10もサバを読んだ。彼女に対してだけでなく、僕はこの現場すべての人に対して32歳ということで通していた。いっしょに働く若者たちからフレンドリーに接してもらえるのはたぶんそれくらいの年齢が限度だろうと感じていたからである。それとも、それはただの僕の思い込みで、本当の年齢を明かしても彼らは変わらず、壁を作らずに接してくれただろうか。  女子高生は予定していた勤務の最終日にこう訊いてきた。 「小林さんはまだここで働くんですか?」 「たぶん最終日まで働くと思う」 「そっか。小林さんがいるのならまた働きに来ますね」 「う、うん……」  生活費のためにまったくの不本意ではじめたことながら、僕は仕事に行くのが楽しみになってきていた。小説のほうは相変わらずなんの進展もなかったのだが、こんな日々も悪くないかもしれない。そう思いはじめていた。  しかし、イベントも最終日に差し迫ってきた頃、そんな浮かれていた僕の頭をガツンと殴られるような言葉をヤンキーから吐かれることになった。

年下ヤンキーの説教に返す言葉がなかった

 その日、いつものように仕事終わりにヤンキーと居酒屋で飲んでいた。その席で彼はこう訊いてきた。 「前から疑問に思っていたんだけど、小林君は小説を書いているのに、どうしてこの仕事をやっているの?」 「どうしてって……小説のほうはまだぜんぜんお金になってないから生活費を稼がないといけないし」 「要するに、小説のほうでうまくいかなくても生きていけるように保険をかけているんだろ。それがダメなんだよ。人生に保険をかけて、安全な道だけ歩こうとしているような奴が成功できるわけがない。俺はこの飲食の仕事に命を懸けてるんだ。小林君も小説に命を懸けろよ」  返す言葉もなかった。僕も心の底ではヤンキーと同じことを思っていた。お金のため、生活のためだけに不本意な仕事を続けるのは絶対に間違っている。小説の道に生きると決めたのならば、バカみたいに小説だけを書き続けていればいいのだ。  だけど……。  僕はどうしても踏み切ることができなかった。どんな精神論を説いたところでそこには依然としてお金の問題が横たわっていた。また日雇い派遣をやめて小説だけを書き続ければ、またいずれもろもろの支払いの督促状が届くであろうことは目に見えていた。早くお金を払えと催促されているのに払うお金がない。心臓をきゅうっと締めつけられるようなあの惨めな思いはもう二度と味わいたくなかった。  この先いったいどうしていけばいいのか……。どんなに考えても結論は出なかった。わかっているのは、僕はもうこれ以上ここにいるべきではないということだけだった。  そのフードイベントが終わってからもグループLINEで別のイベントの案件や飲み会の誘いのメッセージが届いた。しかし、僕はもう二度とそれに応じることはなかった。<取材・文/小林ていじ>
バイオレンスものや歴史ものの小説を書いてます。詳しくはTwitterのアカウント@kobayashiteijiで。趣味でYouTuberもやってます。YouTubeチャンネル「ていじの世界散歩」。100均グッズ研究家。
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