
景気がいい悪いって言葉があるだろ?
あれって別にそこらへんの連中の財布が薄いか厚いかって話じゃなくて、元々は方丈記にある言葉が語源になっているんだとさ。
鴨長明さんっつうのが、住んできた家の変遷や出家に至った経緯を述べて、人里離れた方丈の庵――つまり粗末な家を取り巻く環境および生活を述べているシーンに出てくる。
周りの景観を見て気分がいいか、悪いかっていう話なのか? と思うけど、気分の問題でいいのなら、ゼニがあろうがなかろうが、常に景気はよくいたいもんだよな。
■顎回しの純ちゃんがもってきた“儲け話”
アジトで夏競馬の予想をしていると、トラブルメーカーの純ちゃんが息を切らせて駈け込んで来た。
「李くん、やったぜ。一生分稼げるネタをたくさん見つけてきた」
肩で息をしながら、そう言う純ちゃん。
どうやら大金持ちのスキャンダルをいくつか嗅ぎ付けてきたとのことで、ビッチリ懲らしめてやれば億は固いっていう、いつものような話だった。
有名ポーカープレイヤーの大規模な金銭トラブル。大手MLM幹部の違法勧誘。療養費を保険で不正受給している接骨院。持続化給付金の不正受給を斡旋しているグループの元締めの個人情報。そこらへんのあれやこれやを、純ちゃんは嬉しそうに顎を回し始めた。
確かに面白いは面白い。ただ、俺には根本的な疑念が拭えなかった。
「話はまあわかった。けど、これどうやってゼニにするの?」
そう聞くと、純ちゃんの歯切れは悪くなる。「そこは李くんの器量でさあ」「相手が金ジャブジャブしてるのは間違いないぜ」――いつものようにあやふやな回答が返ってくる。
「そもそも、こいつらがちょこっとかましてすぐごめんなさいってまとまったゼニもってくるならいいけど、本当に右から左でワンツーできるのか? そんなに金が紙切れみてえな連中なの?」
「そこは大丈夫、李くんインスタ開ける? こいつらすげえ時計してるんだ。ユーチューブでも自慢してたんだよ」
純ちゃんのその台詞を聞いて、俺は絶句した。
「純さん、それってただのパフォーマンスですよ。なんでもSNSで見たものを信じるの危ないですって」
弟分のユン坊ってやつがそう諭したが、純ちゃんは聞く耳を持たない。
「李くんのところにさ、拾ってきた太っちょの小僧いるだろ? あれ貸してくれよ。大丈夫大丈夫、ちょっとかませばいけるはずだから」
もう相手が金持っていて、それがイージーにてめえのものになるって信じ込んでいる様子だった。
「それ不良とか出てくるぜ? そんな大儲けなんかしてたら過去くらい清算して表舞台でやるはずだろ? きついから大きく見せてんだよ。」
俺がそう言っても純ちゃんは聞く耳なんか持たない。
ポーカー屋はユーチューブでポーカー大会で優勝していたし、間違いなく金はある。MLM屋はネットで調べたけど何万人も会員がいるから大金持ちだ。接骨院は電卓で計算したら月に500万は不正受給しているーーそんな風に、「取らぬ狸のなんとやら」しか頭にない様子。
もちろん俺は人も貸さなかった。結果、ポーカー屋はやはり見せかけだけで金は持っておらず、弁護士をはさんで長期の弁済。接骨院は自首しますお金は払えません。MLM屋だけはまだ頑張っているらしい。
このMLMってのも抜群にくだらない話で、創業メンバー同士の仲間割れかなんからしい。
てめえより下に三万人つけて養分を死ぬほどカモったのに、社長のOとかいうのが約束した配当をくれないだか遅れただかで揉めてるんだと。
俺は馬鹿馬鹿しくて断っちまった。その依頼人、まあまあレベル高めの悪い人に話持って行ったらしいから、しばらくしたら大事故になるかもしれないな。