更新日:2021年01月28日 15:22
仕事

現実は西成のタコ部屋住まい。自称“東京の証券マン”の悲しい末路

 日本最大のドヤ街と呼ばれる大阪市西成区あいりん地区。同地区の飯場(土木作業員たちの共同生活所)と呼ばれる場所には、逃亡中の市橋達也無期懲役囚が潜伏していたことでも知られる。そこに実際に住み込み、78日間の西成生活を綴った國友公司氏の著書『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)が、文庫版も合わせて5万部のロングセラーとなっている。
尼崎の現場

土工として派遣された尼崎の現場の休憩室

 國友氏によれば、「飯場には、元ヤクザ、薬物中毒者、ギャンブル中毒、殺人犯など様々な人間が全国から集まっていた」という。その中でもひと際、國友氏の印象に残ったというのが、「自称証券マン」の男だ。

40日間の有給休暇で西成の飯場に住み込む自称証券マン

 年齢は30代後半、身長は約175㎝、体重は90㎏ほど。「証券マン」は、都内の証券会社に勤めながらも40日間の有給休暇を取って西成の飯場に「経験として」働いているという、一体何のつもりで言っているかわからないウソをつく。私は西成の飯場に住み込み、尼崎の現場に土工として派遣され、証券マンと連日一緒に働いていた。  証券マンは自分の存在場所を確保することにとにかく常に必死だった。目上の人間にはヘコヘコと頭を下げ、下の人間は徹底的に見下す。当時25歳だった私は、現場仕事の経験もまったくなくもっとも年下だった。与えられる仕事といえば、現場から出ていくダンプのタイヤを洗うことくらいだ。何もせずに立っていることが仕事であり、証券マンにとっては格好の見下す対象であった。ホースでタイヤを洗っていると、ストレッチをしている証券マンと目が合った。
バン

バンに揺られながら尼崎の現場に向かう証券マンの後ろ姿

「言っておくけど今は休憩中だからね。俺の持ち場は君みたいに突っ立っている暇なんてないんだから。タイヤ洗う時間以外、君何してるの?」  私を蔑むような顔でこう尋ねてくる。現場が終わってバンに乗り込み飯場に戻ると、「君、いつまでいるの?」と証券マンがまた絡んできた。「自分は10日契約なのであと4日です。延長するんですか?」と返すと、生き生きした顔で証券マンはこう返した。 「延長するさ。有給休暇は終わっちゃうけど現場の監督にお願いされちゃったからには帰れないよ。明日、証券会社に有休延ばせるか掛け合ってみるさ」

証券マンが飯場でついた悲しいウソ

 朝の4時半に起床して点呼を取り、朝食を食べてバンで尼崎に向かう。現場には7時に到着するが始業は8時から。この空いた1時間を泥だらけの休憩室でウダウダと過ごすことになる。同じ土工の宮崎さんを相手に、この日も証券マンが「昔は日大鶴ケ丘高校でサードを守っていた」など、「それ、本当ですか?」と突っかかる気にもならないウソの自慢話をしていた。 「おお、シバちゃん(証券マンのこと)、國友の先輩じゃないか! おい、お前と同じ大学だってよ」
飯場の飯

肉体労働の後の飯場の飯は美味かったが、証券マンと一緒に食べることはなかった

 宮崎さんは、地べたで居眠りしている私を起こしてそう言った。私は筑波大学を7年かけて卒業し、就職もできずにそのまま西成の飯場に流れ着いた身である。飯場で学歴などまったく役に立たないが、相手が信じるかは別としても、隠す必要もないので聞かれれば答えることにしていた。そして悲しいことに証券マンは、「筑波大学出身だ」というウソをついてしまったのだ。「君、筑波出身なの?」と私に聞く証券マンの顔が引きつっていた。 「なんだ~俺の後輩か。もっと早く言ってくれれば色々話“できた”のにね」  証券マンが話を切り上げようとしている。今からでも色々話はできるのに。私は証券マンに学部と住んでいた場所を聞いた。 「俺? 俺はあれだよ、教育学部だよ。住んでいたのは土浦だよ」  筑波大学には人間学群教育学類という学科があるが、学部という呼び方はあまりしない。そして、大学からバスで30分以上も離れていて電車もつながっていない土浦に住む学生などほとんどいないのだ。周りの土工たちはさすがに「お前、ウソやんけ!」とは言わないものの、ニヤニヤしながら私と証券マンのやり取りを聞いている。証券マンが作り上げた自らの像を「公開処刑」という形で崩壊させているようでかわいそうになり、私はそそくさと休憩室を離れた。
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忽然と西成から姿を消した証券マン
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元週刊誌記者、現在フリーライター。日々街を徘徊しながら取材をしている。著書に『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)。Twitter:@onkunion

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ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活

国立の筑波大学を卒業したものの、就職することができなかった著者は、大阪西成区のあいりん地区に足を踏み入れた。ヤクザ、指名手配犯、博打場、生活保護、マイナスイメージで語られることが多い、あいりん地区。ここで2カ月半の期間、生活をしてみると、どんな景色が見えてくるのか? 西成の住人と共に働き、笑い、涙した、78日間の体験ルポ。
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