更新日:2023年02月17日 19:57
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「強い円」を掲げた速水総裁時代へ回帰か。日銀総裁人事、嵐の予感/倉山満の政局速報

植田和男は良く言えば中庸、悪く言えばカメレオン

 植田氏に関しては、良く言えば中庸、悪く言えばカメレオンとの評が一致するところだ。2000年8月、速水総裁は「早すぎるゼロ金利政策解除」を行った。これに植田氏は、リフレ派の中原伸之委員とともに反対した。しかし、いつのまにか賛成に回り、その理由が「一度決めたことは変えるべきではない」だった。常に少数派として振舞い、気骨の人として知られた中原氏は唖然としたとか。「カメレオン」の本領発揮である。この間、植田氏に対し、どんな“説得”がなされたのかは知らない。  主著『ゼロ金利との闘い』は、当時の白川方明総裁と山口廣秀副総裁に草稿を見てもらいながら仕上げたと謝辞を述べた本だ。植田氏のスタンスは、「日銀理論」の権化とも言うべき早川英男元理事が絶賛するほど。一方でリフレ派重鎮の浜田宏一イェール大学教授の対談の申し込みは「片一方に与している人とは」と断ったことがある。

根は反リフレ派にすぎない植田氏の姿勢

 リフレ派総帥の岩田規久男学習院大学教授(後に日銀副総裁)が、翁邦雄(日銀出身、多くの大学で教授)とマネーサプライ論争を繰り広げたのを裁定したのは、植田氏だ。この論争は日銀のマネーサプライを増やす、つまり日銀がお札を刷れば景気を上向けられるかについての論争だ。速水優・福井俊彦・白川方明の三代の総裁は翁氏の理論に従い、景気回復に失敗した。岩田氏は自らが副総裁として日銀に乗り込み、岩田氏の理論通りに黒田日銀はデフレ完全脱却手前まで持ってきた。  正確に言うと、福井総裁は金融緩和を行ったが、当時の首相の小泉純一郎の退陣が政治日程に入った瞬間に解除、景気回復を潰した。黒田総裁は、消費増税により、景気回復の効果を減殺された。いずれにしても、岩田氏の主張は正しかった。  さて、植田氏の岩田翁論争に関する裁定である。「どちらにも一理ある」である。これにリフレ派の面々は「最低の裁定」と恨みを語り継いでいる。植田氏は、中庸と言っても、根は反リフレ派なのだ。一時的に黒田総裁の路線に理解を示す発言をしても、「カメレオン」である。こうした姿勢が、マーケットに伝わっているのだ。
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岸田首相は、ここまで愚かと思わなかった
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1973年、香川県生まれ。救国シンクタンク理事長兼所長。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中から’15年まで、国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務める。現在は、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰。著書に『13歳からの「くにまもり」』など多数。ベストセラー「嘘だらけシリーズ」の最新作『嘘だらけの日本古代史』(扶桑社新書)が発売中

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