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「正義の戦争」 に歯止めをかけよ<哲学者・加藤尚武>

核兵器の保有に罰則を設けよ

―― この5月にはG7広島サミットが開催されます。 加藤 広島サミットは、新たな国際法を確立する契機とすべきです。我々は国際法を強化して国家主権を制限する必要がある。それと同じように、国連改革を行って常任理事国の特権も制限する必要があります。  ロシアのウクライナ侵攻は国際法違反です。それと同じように、米国のイラク侵攻やNATOの空爆も国際法違反です。ロシアも欧米も、「一国の正義」に基づいて国家主権や常任理事国の特権を無制限に行使している点は共通しています。ロシアだけではなく米国や西側も変わらなければなりません。  しかし、米国は反対するでしょう。これまでも米国は自国の特権的地位を断固として譲らず、勝手な行動を繰り返してきました。自国に不都合であれば国連決議にも、国際司法裁判所等の判断にも従わない。ブッシュは単独行動主義(ユニラテラリズム)を掲げてイラクに侵攻した。オバマは核兵器の先制不使用を宣言しようとしたが、ペンタゴンの反対で潰された。トランプはアメリカファーストを掲げて、様々な国際機関から脱退して国際合意を反故にした。  米国がこのような独善的な態度を改めない限り、国家間の「共通の正義」は実現できません。しかし、それでは米国のリーダーシップや西側の影響力は失われていく一方でしょう。それが嫌だというならば、西側は自らの特権を見直すべきです。広島サミットでは、このような議論を進めてほしいと願っています。 ―― 広島でサミットを行う以上、G7は核軍縮や核廃絶について議論すべきです。米国はいまだに原爆投下を正当化していますが、その非を認めて謝罪すべきです。 加藤 「非戦闘員の殺傷の禁止」は最も伝統的な国際法です。しかし、第二次世界大戦では空爆が有効な手段であると見なされ、「非戦闘員の殺傷をしてはならない」という原則が無視されるようになりました。その結果が東京大空襲であり、広島と長崎への原爆投下です。  これらの行為は国際法上、明らかに違法です。しかし、当時の国際法では戦争における国家の責任を問う、という考え方は定着していませんでした。それゆえ、原爆投下は違法であるが、米国の法的責任を問えるかどうかは微妙なところです。  ただ、原爆投下の歴史を踏まえて「非戦闘員の殺傷禁止の厳格化」や、核保有国に特別の義務を課すなど「核保有の罰則化」を検討することはできるはずです。米国は反対するでしょうが、国家間の「共通の正義」を実現するための新しい方向性を打ち出すべきです。

主権国家が人類を滅ぼすのは時間の問題だ

―― 国家主権を制限しなければ、人類の運命は危い。 加藤 軍事兵器による殺人の効率は加速度的に上昇しています。第一次大戦では機関銃、第二次大戦では空襲と原爆、戦後は核兵器や誘導ミサイル、そして現代はAIやドローンがそれぞれ導入され、殺人の効率は飛躍的に高まり続けています。  こうした殺人技術の向上にさらなる拍車をかけるのが、AIの進歩です。人間はすでにAIが生み出す情報を理解できなくなりつつありますが、ある研究によれば、現在の世界の情報量は毎年2倍に増えているそうです。AIの進歩によってその傾向はますます強まり、AIを導入して開発した新兵器は核兵器同様、人間の手に負えなくなるでしょう。  主権国家はこのような軍事兵器を大量に保有し、国家主権の発動として軍事力を無制限に行使することができる。これでは主権国家が人類を滅ぼすのは時間の問題です。それを避けるためには、国際法を強化して国家間の「共通の正義」を実現するしかありません。その糸口はあります。  たとえば、自然環境は国家を超えた共通財産ですから、新たな国際法の基軸として環境法を導入し、環境倫理を国家間の「共通の正義」として実定法化することが考えられます。私は長年、そのための研究を続けています。  また、国家を超えた学者グループを結成して、恒久平和の実現に向けて共同研究を行なうことも考えられます。私はその第一歩として、恒久平和の実現に必要な古今東西の基礎文献を収集・翻訳して、シリーズで出版する企画を進めているところです。  問題は、間に合うかどうかです。人類に残された時間は少ない。世界中の学者が集まって「ああでもない、こうでもない」と議論しているうちに、人類が滅んでしまったという結末は十分ありえます。 (5月2日 聞き手・構成 杉原悠人 ※本取材は5月19日~21日のG7広島サミットに先立つ5月2日に取材しております) 初出:月刊日本2023年6月号 1937年東京都生まれ。東京大学大学院文学研究科(哲学)博士課程中退。千葉大学文学部教授、京都大学文学部教授などを経て、現在、鳥取環境大学学長。専門は生命倫理学、環境倫理学、応用倫理学。『哲学の使命―ヘーゲル哲学の精神と世界』(未来社)で第3回和辻哲郎文化賞受賞
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。
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