NBAコリンズのカムアウトは米スポーツ界に風穴を空けるか?
4月末、米スポーツ誌「Sports Illustrated」のインタビューで、NBAの現役センターであるジェイソン・コリンズ選手が、米メジャースポーツ界で初めてゲイであることを告白し大きな波紋が広がった。ゲイの存在感が強まりつつある米国社会を反映するようなカミングアウト劇だったが、保守的なスポーツ界では大きな衝撃だった。
伝統や歴史を重んじ、四大スポーツリーグの中でも特に保守的志向が強いとされる野球界(MLB)でも、コリンズの告白にはすぐに反応した。
コリンズのカミングアウトが明らかになった日、ヤンキースでは試合前の監督会見でさっそくその話題が飛び出し、そのテの話題にはまったく縁のなさそうなジョー・ジラルディ監督が「同性愛者がチームに所属することになったらどう対応するか?」と質問を受けていた。
そのときのジラルディ監督の答えは「監督としては、人種や国籍や肌の色や個人のそうした指向によって起用を変えるようなことはないし、チームが勝つために貢献してくれるかどうかが大事で、それ以外のことは関係がない」と至って模範的なもので、多くの選手、指導者からは歓迎するコメントが相次いだ。
今年3月のWBCで米国代表キャプテンとしても活躍したメッツのデービッド・ライト内野手は「これをきっかけに、選手みんなが自分自身について語れるようになれるといい」と言い、昨季本塁打王にも輝いたブルワーズのライアン・ブラウン外野手は「コリンズ選手の行動はすべてのアスリート、さらには社会全体にとって前向きな一歩となることは間違いないと思う」と話した。
だが、MLBでも盛り上がりを見せるかと思われた「スポーツ界のゲイ」議論はそれ以上白熱することなく、わずか数日で収束してしまった感が強い。中には消極的な意見もあり、ヤンキースのエース左腕CC・サバシア投手は「いざカミングアウト第1号になるとすると、相当に大変だよ。メディアの注目、報道がすごいだろうしね」と話した。もしかしたらこちらの方が選手らの本音なのかもしれない。
米国社会というのは、同姓婚を容認するなど進歩的なイメージもあるが、反面、彼らに対する非常に強い風当たりも存在しており、特にスポーツ界は選手もファンも保守的だ。
今年1月に元西武の中島裕之内野手がアスレチックスに入団し地元オークランドで入団会見をしたとき、中島がなぜこの球団に決めたのかと問われ「ビリー・ビーンGM(ゼネラル・マネジャー)がセクシーでクールだから」とコメントして大変な話題になったが、なぜ話題になったかというとゲイを連想させたからである。
米メディアの中にはこれに絡めて「メジャーで最もセクシーなGM」という特集記事を組んだところもあったが、その記事には野球ファンから怒りのコメントが何百と寄せられコメント欄が大炎上状態となった。「この記事はあまりにゲイ的過ぎる。ふざけるな」という意見が多く、ゲイ的なものに激しい拒否反応を示す人が実は非常に多いのだということが浮き彫りになった騒動だった。その一方でゲイをネタにしたジョークを口にすることは絶対的にタブーとされ、つい最近もメジャーのある選手がツイッターでクロックスのサンダルをジョークのネタにしたところ激しく批判され、そのツイートを削除するという“事件”もあった。クロックスのサンダルは、アメリカではゲイの履物であり、ゲイの象徴なので、それをネタに笑いにするのはスポーツ選手のような「公人」の行いとして適切ではない、というわけである。
こうして見ると、米国内でのゲイ問題はいまだに大変微妙なものだというのがわかる。そんな中、米球界からカミングアウトする選手は果たして出てくるのだろうか。出てくるとしたら、どこからか。
例えばメジャーで早くから黒人選手を入団させたのはブルックリン・ドジャース、クリーブランド・インディアンス、ニューヨーク・ジャイアンツ、ボストン・ブレーブス、シカゴ・ホワイトソックスなどだが、やはり新たな道筋を作ることに積極的なチームに所属していればカミングアウトはしやすいだろう。さらにその球団がリベラルな土地柄にあるかどうかも重要だ。米国でリベラルとされる州はワシントン、オレゴン、カリフォルニアなど西海岸、ニューヨーク、マサチューセッツなど東海岸に集中している。こうしたリベラルな州では同姓婚も法律で認められ始め、現在ニューヨーク、マサチューセッツ、アイオワ、ワシントンなど12の州で認められている。マリナーズのあるシアトル(ワシントン州)は同姓婚だけでなくマリファナの合法化もいち早く行われ、かなりリベラルな州だ。となると、現役ゲイ選手第1号はやはり、西海岸か東海岸のチームから出るであろうことが予想される。
西海岸では、ドジャースがメジャー史上初の黒人選手ジャッキー・ロビンソンがデビューしており、球界の先達であることを誇りにしている球団でもあるため、カミングアウトしやすい土壌が整っているかもしれない。しかしドジャースには1970年代に仲間内にはゲイであることを明かしていたグレン・パーキンスという選手がおり、その事実を隠ぺいするかのようにすぐにトレードに出された。またドジャースの元監督で現球団幹部のトミー・ラソーダ氏の亡くなった息子さんが実はゲイだったのだが、そのために親子関係が最悪の状態だったということはあまり語られていない。
米社会、特にスポーツ界ではホモセクシャルに対する意識は複雑で根深い問題を抱えており、カミングアウトが実現するとしても一朝一夕にはいかないだろう。 <取材・文/水次祥子>
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