雑学

性転換した大学講師が語る「カミングイン」という生き方

「カミングアウト」という言葉が市民権を得て、ちまたで頻繁に耳にする機会も増えてきたりしているが、元々はゲイやレズビアンといった “セクシャルマイノリティ”な人たちのあいだで使われていた“隠語”のようなもの。そして今、“ソッチの世界”では「カミングイン」なる言葉も流通し始めているらしい。その提唱者である、“性転換した大学講師”吉井奈々さんに詳しいお話を聞いてみた!

――「カミングイン」という言葉は、ありそうだけど、じつは僕たちにとって、あまり聞き慣れない言葉だったりするのですが、具体的に「カミングアウト」とは、なにがどう違うのでしょう?

吉井奈々さん

吉井:一般的な見方をすると、自分がゲイであることやセクシャルマイノリティであることをみずから公表していこうという、つまり『自分たちは特殊じゃないんだよ』、『人権もちゃんとあるだよ』と、積極的に周囲に知ってもらおうという風潮が強くなってきているじゃないですか。これがいわゆる「カミングアウト」という考え方の出発点ですね。ただ最近は、私も含む当事者のなかに、闇雲にカミングアウトするよりも、いざカミングアウトしたときに受け入れられる下地づくりをしながら、それまでと変わらず社会と付き合うように“溶け込む”ほうがいいんじゃないか、という発想も生まれてきているんです。そして、そういう人たちのそういう考え方を、私は「カミングイン」と呼んでいます。

――それは、強硬派と穏健派みたいなものですか? エリツィン派とゴルバチョフ派、みたいな……?

吉井:う~ん、その旧ソ連のたとえが的を射ているかどうかはよくわかりませんけど(笑)、“急激にではなく、ゆっくり受け入れてもらうよう振る舞うべき”と提案する私たち“カミングイン派”が、ある意味“穏健”である点は正しいのかもしれませんね”。

――“急激にではなく、ゆっくり受け入れてもらうよう振る舞うべき”という考えは、我々ノンケの世界では、一見“穏健”にも感じるのですが、セクシャルマイノリティの世界だと、じつはけっこう“過激”だったりするのではないでしょうか? ちょうど、ゴルバチョフのペレストロイカが、西側からすれば穏健に感じたのに、旧ブレジネフ派の社会主義陣営内では過激だったように?

吉井:ゴルバチョフはもういいから(笑)。

――すみません。ゴルビーは僕が尊敬する人物の一人なので……。

吉井:たしかに、積極的なカミングアウト派の方々からすれば、私たちの「Make haste slowly(=急がば廻れ)」的な主張が“普通”じゃないのは否定できません。正直な話、「なに生ぬるいこと言ってんだ!」みたいな非難の声もなくはないですからね。

――なにも非難までしなくても……、と僕なんかは思ってしまうのですが?

吉井:カミングアウト派って、基本は人権派なんですよ。「セクシャルマイノリティの人権は認められるべき、守られるべき」という……。そして、その理屈は間違いなく正しいのだから、“カミングイン”という悠長な姿勢を憤りたくなるのも当然と言えば当然。ただ、主張のしかただとかスピードや順序を、もう一度見つめなおしてみようよ、と私たちは提案しているんです。だって、言い方はきついですけど、やっぱり私たちって社会的には異端・特殊な存在なわけじゃないですか。それを急に「受け入れて! 受け入れて!」と主張したところで、マジョリティの人たちにとっては、恐いモノだったり、どう扱ってよいのかわからないモノだったりするのはしょうがない。結局は、私たちが普通のマジョリティの世界に合わせていく、そうしないと現実問題、一般社会に溶け込んでいくのは難しいと思うんですよ。

――なるほど。大変納得のいくお話です。とは言っても、僕のようなマジョリティ側の人間が、安易に「納得いく」と断言してしまうのも、無責任……だったりしますよね?

吉井:たとえば、たまーに京都などの老舗の旅館だとか呉服屋さんで、外国人の方が働きながら、日本の伝統芸能や文化を真剣に受け継ごうとしていたりしますよね。これこそが本当の“カミングインしている状態”なのではないでしょうか。「私は外国人だから、そのままの私を受け入れてよ!」と“カミングアウト”するのとは、まったく逆。

――“私は外国人だから”って、いきなり部屋に靴をはいたまんま上がられても困っちゃいますもんね(笑)。

吉井:日本の文化をちゃんと勉強したいと考えている外国人の皆さんは、日本人以上に日本を愛して理解しようと努力している……。もちろん、時間もかかるだろうし、いろんな苦労もしなければならないでしょうけど、その姿勢は日本人から見て素晴らしいことで、そうすると私たちも偏見などなく自然とその外国人を受け入れられるハズですよね。私たちも社会に対してそういう溶け込み方をしていきたいんです。

――日本に在住する外国人親日家の話は、すごくわかりやすい実例です。

吉井:セクシャルマイノリティの世界でも一緒。「オネエの世界でこれは当然なのよ~」だとか、「私、実は男性が好きで女性の姿をしていたいの。今は人権で性同一性障害が認められているから会社に女装して行ってもいいでしょ?」だとかって主張する人は、冗談じゃなくて、意外といるんですよね。今までネクタイをピシッと着けている部長だった人が、いきなり真っ赤な口紅とミニスカートと網タイツとブラジャーを着けた状態で出勤してきて、「私を今日から女性社員として雇ってください」と宣言したりして……。この手のトラブルが今、本当に増えているらしいんです。“カミングアウト”するのは全然かまわないんだけど、それって、ちょっと違うと思いません?

――違うかどうかは置いといて、面食らっちゃうのは事実でしょうね……。

吉井:それって、トヨタで働いていた人が日産に転職して、「トヨタで働いていたころは~」と、ことあるごとにひけらかすのと同じじゃないですか。「郷には入れば郷に従え」という諺は、つき並みですけど、とても大切な考え方だと思う。“社風に合わせることに対する拒絶感”は、すべてプライドからきているわけです。でも、プライドを通り越した自信さえあれば、“合わせること”に苦痛なんて感じないはず。日産に入社して、せっかくいろんな新しいことを学べるチャンスなんだから、とり急ぎトヨタで学んだことを積極的に前へ前へ出すのはやめにしておこう……と。

⇒【後編】に続く http://nikkan-spa.jp/446441

【吉井奈々】
’81年神奈川県出身。小4のころ、とある男子に渡したバレンタインチョコを、「気持ち悪い!」と目の前でゴミ箱に捨てられたときから、「私、このままじゃダメなんだな……」と実感し、小学校を卒業した春休みに、はじめて新宿二丁目へと足を運ぶ。中学校を卒業してすぐ、家を出て本格的に水商売の道に入り、ホストクラブやキャバクラ、オカマバーなどでキャリアを積む。2005年に戸籍を女性に変え(トランスセクシャルの世界では「戸籍を戻す」という表現をする)、2010年にヘテロセクシャルである中学時代の同級生と入籍。現在は目白大学をはじめとする、いろんな大学で特別講師として教鞭を取る。オフィシャルブログ:http://ameblo.jp/xoxo-nana-xoxo/

【山田ゴメス】
1962年大阪府生まれ。マルチライター。エロからファッション、音楽&美術評論まで幅広く精通。西紋啓詞名義でイラストレーターとしても活躍。日刊SPA!ではブログ「50にして未だ不惑に到らず!」(http://nikkan-spa.jp/gomesu)も配信中。現在「解決!ナイナイアンサー」(日本テレビ系列)に“クセ者相談員”として出演。『クレヨンしんちゃん たのしいお仕事図鑑』(双葉社)も好評発売中!

1962年大阪府生まれ。マルチライター。エロからファッション、音楽&美術評論まで幅広く精通。西紋啓詞名義でイラストレーターとしても活躍。著書『クレヨンしんちゃん たのしいお仕事図鑑』(双葉社)、ツイッターアカウント@gomes12081




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