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維新の履いた「下駄」~菅義偉と在阪メディア<著述家・菅野完>

―[月刊日本]―

維新が活用したYouTube広告

日本維新の会

J_News_photo – stock.adobe.com

 前回は、統一地方選挙における維新の会の勝ち方の「特殊性」を、主に東京都内の選挙結果を題材にして検討した。注目したのは維新の広告戦略だ。統一地方選挙期間中、維新の会は極めて大規模かつ精緻な広告を展開した。主戦場はネット。とりわけYouTubeの動画広告だった。  テレビや新聞の広告と違い、YouTube広告は地域別にターゲットを変えた広告出稿が容易で、それぞれの視聴者の居住地域にあわせて広告を細かく切り分けて表示することが簡便にできる。いわずもがな、統一地方選挙は自治体ごとにあらそわれる。地域ごとに細分化して小さな地域限定の広告を打てるYouTube広告は、大規模国政選挙よりも地方選挙にこそふさわしい。  維新は今回の統一地方選挙でこの手法を大々的に採用した。そして東京都内ではこの手法が奏功した。人口集積度の高い東京都内では、地域ごとに細かく細分化した広告でも、十分に「集票マシーン」として機能するからだ。  だがこれは逆に言えば、この手法は人口集積度の高い東京都内や神奈川県の一部などでしか通用しないということになる。現実の結果もそうだった。この手法で維新が議席を伸ばしたのは都市部、それも相当数人口規模の多い地域に限定されている。「統一地方選挙で維新が躍進した」という事実は間違いないものの、その内実は、全国的傾向のあるものではなく、各地域によってそれぞれ「勝ち方」の要素が違うものである……。ここまでが、おおよそ、先月号の内容だ。

はなから保守分裂選挙だった

 繰り返すが、「2023年の統一地方選挙で維新が躍進した」という事実に間違いはない。これまで議席がなかった地方にも新たな議席は生まれているし、全国各地の議席を合計すれば、確かに増えている。だがしかし、それを事実と踏まえても、この全国的な維新の伸長を、〝一つの理由〟に求めることができるのか? というのが、本稿の疑問なのだ。  たとえば、今回の統一地方選挙では、大阪府以外での「維新首長」が相次いだ。国政の補選でも維新が勝利を収めている事例もある。こうした大型首長選挙や大型国政補選での「維新躍進」のトレンドは広い目で見れば、2021年兵庫県知事選挙を皮切りに、2022年石川県知事選挙、長崎県知事選挙などから打ち続く流れとも捉えられなくもない。  しかし、兵庫、石川、長崎、そして今回の奈良と、維新公認および推薦候補の勝利した知事選挙には、「保守分裂選挙だった」という共通点がある。維新が強いだの弱いだのの前に、自民党がはなから割れているのだ。  しかも石川・長崎両知事選以降打ち続くこれら「保守分裂知事選挙」には、どの県の保守分裂も「地元の自民党議員達が分裂している」わけではなく、「東京の自民党の意向」で分裂しているという特色がある。  最も顕著なのは石川県知事選挙だろうが、兵庫でも石川でも長崎でも、そして今回の統一地方選の奈良県知事選でも、自民党中央は「あえて裁定しない」姿勢を貫いた。その頑なさはあたかも「選挙に負けてでも分裂したほうがいい」というメッセージを送っているかのようでさえあった。  特に今回の奈良県知事選挙は酷かった。奈良県連(会長・高市早苗)の機関決定は現職知事ではなく新人候補(高市早苗の元秘書)を県知事選挙で公認するとの機関決定を下している。筆者が取材するところでは、この機関決定の手順そのものが、高市早苗特有の段取り能力の低さが横溢するいかにも拙速なものであったようではあるが、機関決定であることには間違いない。  しかし現職知事は、この機関決定を無視して再出馬を表明した。本来であればここで、党中央の裁定が水面下で行われるところであろう。あるいは「地方のことだから」と完全に無視を決め込むのが定石だ。  しかしわざわざ森山裕選対委員長が奈良に出向き、現職知事と面会し「正々堂々と戦って」とのメッセージを出すという異例の行動に出た。そのくせ党中央は組織だって現職知事陣営を積極的に応援する様子も見せない。どう考えても奈良県知事選挙における自民の党中央は「負けてもいいから分裂しておけ」とのメッセージを出しているとしか解釈のしようのないものだった。  ここで奈良に出向いたのが森山裕であったことがポイントだろう。森山氏は菅政権で国対委員長を務め、当時幹事長だった二階氏とともに政権を支えた。岸田政権発足当初、菅、二階両氏とともに非主流派に甘んじたが、22年8月の内閣改造・党役員人事で選対委員長に起用され役員に返り咲いた。  しかしその後も森山氏は菅・二階両氏と定期的に会合を重ねており、連携が深いとされている。そして石川県知事選以降打ち続く「保守分裂知事選挙」の前には、必ず、菅・二階・森山の3氏のうちいずれかが現地を急遽訪れ、分裂のどちらかの候補の応援を呼びかけるパフォーマンスをやってのけ、分裂が確定化するということが定石化している。そしてその選挙では必ず維新が勝利しているのだ。  確かに維新が勝ち自民が負けている以上、結果だけを見れば自民党の痛手ではあろう。しかし、維新との太いパイプを政治的資産とする菅義偉氏の立場からすれば、総理退陣後から連続して発生している「自民分裂知事選挙での維新の連勝」は、歓迎すべき事態に違いない。ましてや、来るべき衆院選での自民・公明共闘路線が、共闘解消まで視野に入るほど先行き不透明な状況になってしまったいま、「自民分裂知事選挙での維新の連勝」という〝実績〟に裏打ちされた、菅義偉氏の誇る「維新とパイプ」が、どういう意味を持つか、想像に難くないだろう。  各地の知事選で維新は勝った。勝ち続けている。それが事実であることは間違いがないが、その背景には、東京の、しかも自民党内部の、〝特殊な事情〟が厳然として存在することを忘れてはならないだろう。
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在阪テレビ局の影響
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