“山谷”と呼ばれた地域をご存じだろうか。東京都は台東区、吉原遊廓からほど近くの簡易宿泊所が立ち並ぶ労働者の街である。浅草などの観光地も近く、今では安宿を求めるバックパッカーが集まる街として盛り上がりを見せる。一方で、住民の高齢化が進み、昼間からワンカップと新聞を携えて地べたに座り込む高齢男性の姿も多い。
今回は、そんな山谷の変化を見守る店に足を運んだ。
南千住駅から徒歩10分。昭和映画喫茶「泪橋ホール」は、元写真家の多田裕美子さんが’19年に始めた店だ。
「浅草で生まれ育って、両親も山谷で食堂を営んでいたからこの土地には思い入れが深くて。過去には山谷の男たちを撮影した書籍を制作したこともあるのよ」お客さんは地元のシニア層の常連が多いというが、明るく振る舞う多田さんに元気づけられる人も多いのだろう。
「人が集える場所をつくりたかったんです。山谷に住む人もそうでない人も大歓迎。映画という娯楽を楽しみながら自然に交流できる場にしたい」
名物のウイスキーのチャイ割りを楽しんでいると、大金の在りかを巡る戦前のコメディ、『百萬両の壺』という時代劇の上映が始まる。店内のレトロな雰囲気も相まって、タイムスリップしたような気持ちになった。 【泪橋ホール】住:東京都台東区日本堤2-28-10
営:金曜~火曜14:00~22:00
休:水・木
電:03-6320-4510
料:ビール600円、チャイウィー600円、餃子定食650円
土日はイベントを開催することも。メニューは日替わりで旬のお惣菜が頂ける
なぜだかどこか懐かしい未知の料理が目白押し
続いて向かったのは、スパイスを使った創作料理が大人気の「山谷酒場」。店主の酒井秀之さんが、奥さんと2人で’18年にオープンした店だ。
「古い街並みが多い東京の東側に昔から憧れがあり、西調布の喫茶店を畳んでここに店を開きました」店内の壁には冷や奴や焼きそばといったなじみ深いメニューとともに、見たことも聞いたこともない料理名が並ぶ。いざ注文してみると、人参が丸ごと一本使われていたり、バナナにベーコンと緑のソースが添えられていたりと、強烈なビジュアルの料理が。一口食べてみると、初体験の何とも言えないおいしさに驚愕。ここでしか味わえない山谷酒というスパイスが効いたオリジナルドリンクも絶品だ。
「お客さんは若い女性がほとんどで、遠方から来店される方も多いんです。でも、いわゆる“映え”は気にしてなくて、自分たちが好きで食べたい料理を作っています。世界中の本から学んで、これからも新しい料理に挑戦していきたいですね」下町風情が残る山谷だが、吉野通りの先にはスカイツリーが望め、再開発の足音を感じる。その変化の波に乗る者と逆らう者が共存している山谷には、なぜか「ほっとけない」と思わせる不思議な魅力がある。この街の未来の姿に思いを馳せながら、山谷酒場を後にした。
【山谷酒場】
住:東京都台東区日本堤1-10-6
営:水~金17:00~23:00 土・日16:00~23:00
休:月・火
電:03-5808-9245
料:山谷酒550円、ビール大瓶800円、チューハイ500円
詳細はTwitterもしくはInstagram(@sanya_sakaba)まで
撮影/鈴木大喜
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メルロー 無類の酒好き女子。特にワインには目がない。自分よりも酒が強い男性に惹かれやすい
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