香山リカが「沖縄差別」を考えるため高江に向かった【前編】
沖縄の高江に行ってきた。
高江では、米軍ヘリパッド建設が進められておりそれに対して住民が抗議活動を続けていて、ケガ人や逮捕者も出ている。
こう聞いて、「あー、また沖縄でなんか騒いでるやつね」と思ったあなたは、それだけで「沖縄はほかと違うから」と沖縄を特別視していることになる。わかりやすく言えば、それは「沖縄への差別」ということだ。
いきなり「あなたは沖縄を差別している!」と言われて気分を害した人には申し訳なく思うが、実は私も以前は心の中に「沖縄は別」という気持ちがなかったわけではない、と正直に言っておこう。だから、以下のことも前から自然にそう感じていたわけではなく、頭で考えて時間をかけて自分に言い聞かせものだ。
「あーまた沖縄か」とつい思ってしまったあなたと私に、そんなにかわりはない。
私たちが忘れがちなこと。もちろん、沖縄には日本のほかの地域とは異なる歴史がある。明治政府による1879年(明治12)前後の「琉球処分」で「沖縄県」となるまで、沖縄は「琉球王国」という王制の国だった。その後、急速に植民地化された沖縄は太平洋戦争では日本で唯一の地上戦の場となり、県民の4人にひとりが犠牲になったといわれる。そして、終戦後はアメリカの統治下に置かれ、1972年にようやく日本復帰を遂げて再び「沖縄県」となった。
とはいえ、言うまでもないが「沖縄県」は現在は「石川県」や「神奈川県」などと同じ日本の47都道府県のひとつだ。それなのに、なぜいまだに「まあ、沖縄は別だから」などと言われ続けなければならないのか。米軍基地への激しい抗議運動を横目で見ながら、なぜ私たちもつい「あーまた沖縄か」と見過ごしてしまうのか。それは、まぎれもなく沖縄が日本の「差別の構造」の中に置かれているからだろう。
私は、その「差別の構造」を実際に見て、実感するために高江に行った。これまで米軍基地の問題など沖縄が直面する数々の社会問題にかかわってきたわけではない。ただ、沖縄を特別視する視線は私にもないとはいえず、ずっとモヤモヤしていた。それをなんとかしたくて、高江に出かけたのだ。仕事は何にも関係していない個人的な旅であり、唐突に思いついたので無理やり外来診療や産業医の勤務日を動かして実現した2泊3日の短い滞在だった。簡単にその記録を記しておこう。
◆1日目
病院での診療を終えて羽田空港から那覇に向かう飛行機に乗った。
高江は遠い。「沖縄県の面積は日本の0.6%」と言われるとなんとなく「沖縄本島内の中の移動なんて簡単」と錯覚しがちだが、そんなことはない。
沖縄本島北部に位置する高江に行くためには、空路で那覇空港に着いて、まずそこからバスに1時間半ほど揺られて名護市まで行く。そこからさらにクルマで1時間半ほどかかるのだが、定期バスは1日3便だけなので名護でレンタカーを借りるか誰かに迎えに来てもらう必要がある。すでにここまでで那覇からたっぷり3時間以上。
私はこの日は名護市内北部から橋でわたれる屋我地島まで移動、そこの民宿に荷を下ろし、食事しながら先に高江入りした東京の知人3人からレクを受けた。
高江の米軍訓練場にはこれまでもすでに多くのヘリパッドがあったが、今回、問題になっているのは6つの新設工事。これに対する反対運動じたいは、以前から行われており、工事は実質的にはストップしていた。
しかし、2015年2月に沖縄防衛局が2カ所のヘリパッドを建設して米軍に先行提供してから、オスプレイの飛行や訓練が急激に増加し、問題が一気に深刻化したこと。そしてこの7月には残りのヘリパッドの建設工事も突如、再開され、それに伴い反対運動に参加する人も増えたが、沖縄県警のみならず全国の警察官や機動隊が大量に動員され、力ずくの排除などが行われるようになっている……。
千円の定食はお盆に乗りきらないほどの量(写真1)で、部屋はオーシャンビュー、高江で起きている抗議活動とそれへの警察、機動隊の過剰警備の話などを聞いてもいまひとつリアリティがない。夕食後、私だけビールを飲んだが、ほかの3人はほとんど飲まなかった。
⇒【写真】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=1194739
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