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石巻ルポ:「希望の缶詰」が開いた再生への道筋

11月上旬、エコノミストの飯田泰之と評論家の荻上チキの2人は、東北沿岸部へ取材に訪れた。石巻の遺体安置所を訪れたその様子は週刊SPA!11月22.29日合併号、および日刊SPA!「荻上チキの短期集中連載 ルポ・遺体安置所が語りかけるもの」(http://nikkan-spa.jp/88516)で報告。

また、復興に向けて歩む現地のプロジェクトについては、週刊SPA!12月6日号「週刊チキーーダ!」で紹介している。が、やはり、とても2ページで収まる内容ではなく……、本誌では紹介しきれなかったお話を3回にわたってリポートする。

◆40万個を売った「希望の缶詰」の“その後”

希望の缶詰テレビや新聞でも大きく報じられたから、「希望の缶詰」については知っている人も多いのでは。ガレキの中から掘りだされた缶詰は、錆びたりへこんだりもしているけれど、缶を開ければ味わいはそのまま。その名が示すとおり、復興への希望がカタチとなったこの缶詰を購入するという支援は全国へと広がった。

義捐金を募るだけよりも、こうした具体的なイメージが伴った支援だと注目度は格段に上がる。そのお話を聞きに木の屋石巻水産を訪れ、代表取締役副社長・木村隆之さんとお会いした。

インタビュアーはエコノミストの飯田泰之氏。

――まずは、『希望の缶詰』のはじまりについて、教えてください。

希望の缶詰

3000人のボランティアによって40万個の缶が集められた

「うちの缶詰はちょっとこだわりの缶詰で、サバ缶ですと一缶300円の値ごろ帯。ですからスーパーのバイヤーさんと話をしても『300円だと厳しい』と言われてしまう。だったら、300円のサバ缶がほしいと言ってくれる人を探そうと、3年くらい前から直販に力を入れていたんです。その中の一軒が、東京・経堂にある『さばのゆ』さんで、震災前からお付き合いをさせていただいていました。

震災直後、その『さばのゆ』のマスターから『缶詰を掘り起こして送ってくれ』と言われたのです。確かにもったいないからと送ったら、できるなら、もっと大量に送ってくれという。

なんでも、近所の焼き鳥屋さんの奥さんが、その缶詰を見て、『これ、みんなで洗って、買ってもらおうよ』って言ってくださったそうなんです。それで、近所の方々で汚れた缶詰をみんなで洗って、木の屋さんが復興するように3缶1000円で買ってください、ということを始めてくれたんです。そこにテレビ局が来て、全国的な話題となっていきました。約3000人のボランティアが参加し、約40万缶を拾い集めてくださいました」

木の屋石巻水産代表取締役副社長,木村隆之

木の屋石巻水産代表取締役副社長/木村隆之氏

――『希望の缶詰』のプロジェクトで、なにより意義が大きいのは、近い将来、生産が正常化したら、今度は商品として木の屋の缶詰を求めるということではないでしょうか。

木の屋石巻水産

津波の被害にあった社屋

「今回、ご縁が生まれた方々とは、この先も長くお付き合いを続けていきたい、そう思っています。うちだけでなく、被災地すべての企業がそうだと思うのですが、工場の再開までに1~2年、空いてしまう。そうなると、工場が完成しました、元通りになりましたと言ったときに、果たしてお客さんはそこにいるのだろうか?と。

他社さんに話を聞くと、流通過程で、『そんなに待てないよ』という声はすでに出ているともいいます。だから、工場の再開を急ぐのだと。

皆、今も不安ですが、その先も不安なんですよ。工場を建ててやり直すというのは、夢と希望としてあるけれど、会社は経営が成り立たないと雇用も継続できない。だからこそ、『希望の缶詰』の義捐金は非常にありがたいものですが、その額というより、『希望の缶詰』をきっかけに生まれたつながりが私たちには大きいんです。だから、我々としては、今回の出会いに感謝して、この付き合いを10年、15年とつなげていこうと」

――販売でつながる縁もあるでしょうし、工場が再開したら見に来たいという方もいるでしょうね。

「今度の我々の工場は、見学も体験もできるようにしたいと思っています。お客さんとメーカーが直接つながっていく形です。実は、うちは会社のほかに、新たに立ち上げたプロジェクトがあるんです。

私が代表理事となり、『三陸海産再生プロジェクト(http://www.sanriku-pj.org/)』という社団法人を設立しました。漁業者とお客さん、そして我々加工業者の三者をつなぐコミュニティです。具体的には、お客さんには入会金1万円で会員になっていただき、定期的に三陸の海でとれた海産物、その加工品をお届けするというもの。切り身に刺身、練り製品にたらこ、缶詰など普段食べるもの、スーパーで買っているものをお届けします。

お客さんは、生産者の顔が見えるというメリットがありますし、そしてこのプロジェクトが軌道にのれば、石巻のいろんな加工業者が立ち上がることができるんです。加工業者同士が、まずは流通面で協力し合い、それがうまくいけば、製造面で融通し合えることもできてくるはず。そこでみんなが共生できる。ムダを省き、結果として自分たちの利益へとつながるはずです」

三陸海産再生プロジェクトHP

三陸海産再生プロジェクトHP

――木の屋さんの商品だけを売るのではなく、つまりは、“石巻”を売ろうと。

「石巻というブランドですね。石巻では震災前、中小200あった水産加工会社の95%が被災しました。それをどう復興させていくか。石巻が先を進めば、被災各地のモデルとなります。漁業自体はぼちぼち再開していますが、受け入れる施設がないと魚は調整して水揚げをしなくてはいけません。例えば、サバの水揚げは石巻では、2000tまでは受け入れることができた。そういう港だったんです。

宮古や大槌、釜石、大船渡の港で上がる魚も、石巻や気仙沼の加工業者が引き受けていた。つまり、石巻の加工業者が動き出せば、岩手の各漁港も立ち上がっていくことができるんです。この『三陸海産再生プロジェクト』は利益を追求するものではありませんが、最終的には自分の会社にも戻ってくる。10~15年くらいをかけて、石巻が自立していける形ができ上がり、プロジェクト自体はお役御免になるのがいいと思っています」

飯田泰之,木村隆之氏,荻上チキ
震災前から「六次産業を目指し、直販に力を入れていた」という木の屋石巻水産。僕は漁業にはあまり詳しくはないけれど、一般的に、なぜ一次産業が儲からないかというと、間に入る人が多すぎるから。農業にとっては、直販というのはもはや当たり前の戦略。魚の直販は鮮度が重大だから、その壁はあるけれど、加工品というのはひとつの可能性となる。

また、直販を進めていく際に、それを阻むもうひとつの壁は知名度。個別の漁港や個別の店だと、地元の商圏を出ると厳しい。楽天市場に登録しただけでは、全然、お客が来てくれないなんてことはよくある話だ。

しかし、木の屋石巻水産には、『希望の缶詰』で結んだつながりがある。三陸海産再生プロジェクトが石巻の水産業の取引の衛星点となる流れになるとしたら――これは相当、おもしろいと思う。

構成/鈴木靖子 撮影/土方剛史




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