「こんなところで漏らしたら大惨事だ」――46歳のバツイチおじさんは全神経を集中させてトイレを探した〈第16話〉
突然、嫁さんにフラれて独身になったTVディレクター。御年、46歳。英語もロクにしゃべれない彼が選んだ道は、新たな花嫁を探す世界一周旅行だった――。当サイトにて、2015年から約4年にわたり人気連載として大いに注目を集めた「英語力ゼロのバツいちおじさんが挑む世界一周花嫁探しの旅」がこの度、単行本化される。本連載では描き切れなかった結末まで、余すことなく一冊にまとめたという。その偉業を祝し、連載第1回目からの全文再配信を決定。第1回からプレイバックする!
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46歳のバツイチおじさんによるノンフィクション連載「世界一周花嫁探しの旅」、今回の滞在地は3か国目のタイ、バンコクからチェンマイへの移動となります。前回、旅とこの連載執筆の生活に疲れ果て、沈没状態に陥ってしまったバツイチおじさん。旅を立て直すためにこの連載との距離を置くことを決め、バンコクを離れることを決意しました。さて、沈没おじさんは浮上することができたのか? 旅先から我々の予想よりも早く届いた最新エピソードは、安定のトラブルざんまいで……。奇跡のズンドコ珍道中、再始動です!
【第16話 運命のお導き】
前回、バンコクで沈没してしまった記事を書いた。
たしかに、水深1000メートルほどの深さまで俺は沈み込んでいた。
だからこの連載を不定期連載にし、少し距離を置くことを決めた。
すると、俺の連載を読んでくれているたくさんの読者から励ましのメールが届いた。
読みながら涙が出そうになった。
人の優しさが身にしみる。
本当に、本当にありがとうございました(45度で頭を下げています)。
少し心の余裕ができたので、バンコクからの出来事を書きたいと思う。
沈没、いや水没から浮上するため、沢木耕太郎の『深夜特急』を真似て、チェンマイ行きの深夜特急のチケットを取った。
慌ててパッキングをし、22キロのバックパックを背負う。すると、部屋にこもりきりで元気のなかった俺のことをずっと心配してくれた宿のオーナーが
「冬物、重いだろうから預かるよ!」
と優しい言葉をかけてくれた。
その言葉に甘え、3キロぐらいの冬物の荷物を宿に預け、夜22時にバンコクのHua Lamphong駅に向かった。
ネットでベッド付きの寝台列車を予約したつもりだったがなぜか失敗しており、一般席になってしまった。
どうやら寝台車両は満席とのこと。
横になれずに14時間にも及ぶ長旅の始まりだ。
仕方ない。俺は腹をくくった。
バンコク―チェンマイ間(距離約690キロ)所要時間14時間で451バーツ(1461円)。安い。
俺は、銀河鉄道999に乗るつもりで電車に乗った。
「もしかして隣の人がメーテルのような人かもしれない」
淡い気持ち、いや、薄汚い下心を持って電車に飛び乗った。
残念なことに隣の人はメーテルではなく、30歳くらいのインドネシアのおっさんだった。
プロのスケートボーダーだそうで、休暇でチェンマイに遊びに行くらしい。
「俺、イスラム教徒なんだ。今、イスラム教徒ってテロのせいで嫌われてるだろ? 俺はすごく敬虔なるイスラム教徒だから、テロの件が残念でしょうがないんだよね」
そうだよな。
イスラム教徒のほとんどの人は真面目に普通に暮らしているんだよね。
俺はこの旅でいろんな偏見を捨てねばならない。
Facebookを交換したらアナキン・スカイウォーカーという偽名だった。それは『スターウォーズ』のダーズベーダーがダークサイドに堕ちる前の名前だ。
いろんな意味でルールに縛られない自由な奴らしい。
話は盛り上がり、仲良くなった。
ところが、俺の目を盗み、何かを吸っている。
俺 「それ、何?」
アナキン「…うん。マリファナ。でも俺、敬虔なるムスリムだからマリファナはだめなんだよね。ばれたらやばいことになる。殺されるかも」
俺 「俺、吸ったことないんだよね。日本じゃ禁止されてるし」
アナキン「吸う?」
俺 「いや、いい。吸わない」
アナキン「チェンマイに行ったら、マリファナ仲間がいてみんな面白い奴らだから、一緒に合流して楽しもうぜ!」
どうやら、今俺の目の前にいるアナキンことダースベーダーは、水深1000メートルに水没した俺の心の闇に入り込み、暗黒面(ダークサイド)に引き込もうとしているようだ。
だめだ。
こんな安易な方法で水没から這い上がるのは俺のポリシーに反する。
俺「ごめん、俺、マリファナやりたくないからそのパーティーに参加しないわ」
そう言って断った。すると、ダースベーダーは
「俺は本当は敬虔なムスリムなんだよね」
と言い、ずっと俺に気を使いながらマリファナを吸い続けていた。
俺は寝台列車の中を探検してみた。
安い電車なので9割以上は白人のバックパッカー。食堂車もある。
ほんとに、銀河鉄道999のようだ。
寝台車は緑のカーテンで仕切られていて、バックパックが所々に置いてあった。
ふと、気温が急激に下がっていることに気づいた。
チェンマイはタイの北部にあるからだと思う。
やがて、寒さが尋常じゃなくなってきた。
まさか常夏の国タイでこんなに寒いとは……。
冬物をバンコクに置いてきたことを死ぬほど後悔した。
俺は短パン&Tシャツといういでたちから、唯一、持ってきたウィンドブレーカーを着て体を丸めた。
ほんとに凍えてしまいそうだ。
体中が震えてきた。
周りの白人もみんな寒そうに体を丸めている。
なんとか寝ようとするも、寒すぎてまったく寝られない。
ほどなくして、睡魔ではなく寒さで気が遠くなってきた。
薄れゆく意識の中で、バンコクの宿のオーナーのことを思い出す。
「冬物、重いだろうから預かるよ!」
親切で言ってくれたんだろうけど、
チェンマイの寒さまでは教えてくれなかったな……。
今頃、バンコクの温かい宿で、
スヤスヤ寝てるんだろうな……。
俺はオーナーの爽やかな笑顔を思い浮かべながら、
なんとかこの寒さをやり過ごそうとした。
そんな感じで14時間の安列車の旅を過ごした。
結局、寒すぎて一睡もできなかった。
寝台車で寝たかったな。
チェンマイ駅に到着すると、この旅初めての「日本人宿」を予約した。
一度、「日本人宿」というものに泊まってみたかったというのもあるが、とにかく日本人と深い話がしたかった。英語ではなく、日本語で魂をぶつけ合いたかった。それをきっかけに、水没からの再浮上を目指そうとした。
選んだ宿は「Slow House」。ドラゴンボールの『精神と時の部屋』のように、なんとなく時間がゆっくり流れてるんじゃないかと思い、名前に惹かれてこの宿を選んだ。
宿に到着すると、たくさんの若者がゴロゴロしながらスマホをいじくっていた。
フロントでは「働いたら負けでしょう?」と書かれたTシャツが売られている。
うん。なんかいい宿かも。気楽な雰囲気だ。
ちょっと奮発して個室にした。だけど一泊320バーツ(1042円)。安い。よね?
だいぶアジアの金銭感覚に慣れてきたからどのくらいが安いのか、わからなくなってきている。
ついてすぐにスタッフのあゆみさんとタイ人のクッキーちゃんの3人でカオソーイと呼ばれるチェンマイの名物料理の店にご飯を食べに行った。
平打ちの麺をトムヤムクンスープで食べるラーメンのような食べ物だ。
「めちゃくちゃ美味い!」
これ、飽和してる日本のラーメン業界に新しい風を巻き起こすんじゃないか?というくらい衝撃を受けた。
あゆみさんもクッキーちゃんも心が綺麗な癒し系美人。
宿の隣はマッサージ屋で一時間150バーツ474円と激安。
どうやら疲れを癒すには最高の環境のようだ。
旅が始まってからずっと猛スピードで走ってきた時間の流れを変えるのに、ここはちょうどいい。ここならチェンジ・オブ・ペースができる。
俺は長居することに決め一週間分のお金を払った。
その夜、一人でナイトマーケットに向かった。
ナイトマーケットとは文字通り夜の市場で、日本のお祭りの屋台が2キロ以上並んでる賑やかな場所だ。
そこに来ている人は白人が3割、中国人、日本人、韓国人のようなアジア系観光客が3割。あと、タイ人観光客4割くらいの人種構成だった。
マーケットはタイの食べ物もあれば、洋服、アクセサリーなんでも売っている。見ているだけで楽しくなる。頭を空っぽにして気の向くままに歩いていた。
「綺麗だなあ~ ウォン・カーウァイの映画『恋する惑星』のカメラマン、クリストファー・ドイルの画のようだな」
俺は甘美な気分に酔っていた。
すると突然、お腹が痛くなってきた。
俺はあまりお腹が強いほうではなく、アジアにきてよくお腹を壊す。
しかし、ここは2キロ続くナイトマーケットの真ん中だ。
「トイレがあるようなお店やレストランが一軒もない」
2キロも連なるナイトマーケット群の中で、俺はトイレ探しを始めた。
だが、探しても探しても、トイレもトイレがありそうなお店も全くない。
いやいや、そんなわけはないだろう。
いくら屋台が2キロも続くストリートとはいえ、働いている人が用を足すためのトイレがきっと近くにあるはずだ。
大丈夫大丈夫。
始めは余裕をかましていたが、徐々にやばくなってきた。
シンプルに言うと、うんこがもれそうになってきていた。
やばい。日常の中で生まれた突然のピンチだ!
こんなにも賑わっているナイトマーケットでうんこなんか漏らしたら大惨事だ。
俺は全神経を集中させ、感覚を研ぎ澄ませてトイレを探した。
昔、『トリビアの泉』という番組の“トリビアの種”というコーナーで「心理学者と肛門科医師が考えるウンコをしたい時に、もうちょっと我慢できる方法は?」というVTRを撮ったことがある。その検証結果は『10秒ごとに「ウンコは腸に留まるぞ」と言い、肛門の筋肉を締め静かに歩く』だった。
俺はそれを忠実に守り、その通りに歩いた。
10秒ごとに「ウンコは腸に留まるぞ」と言い、肛門の筋肉を締め、静かに歩く。
俺はトイレを探しながら、必死に便意をコントロールしようとした。
周りから見たらかなり奇妙な動きだったと思う。
すると突然なにか奇跡のようなものを感じた。
神様が俺を導いてくれたかのように、「こっちにきなさい」と言わんばかりに光り輝いてる道を見つけたのだ。
これが最後のチャンスかもしれない(うんこを漏らさないための)。
俺は導かれるまま、その道を歩いた。
すると、そこはお寺だった。
あとで知ったのだが、そこは南伝と呼ばれるチェンマイでも格式の高いお寺らしい。
お坊さんにお願いしてトイレをお借りした。
用を足しながら思った。
「お釈迦様ありがとうございます!」
トイレから出ると、助けてくれたお坊さんが、「お金はドネーション(寄付)でいいから瞑想をやって行かないか?」と誘ってきた。
これこそが運命の導きだよね。そう思い、瞑想を受けることにした。
まずは一時間の英語のカウンセリング。アメリカ人グループに混じり、一人瞑想の意味を聞いた。
チェンマイのお坊さんはカウンセリングのように何でも答えてくれる。
時にはインターネットを使い、わかりやすく説明してくれる。もちろん英語もペラペラだ。
日本の仏教にも新しい潮流が生まれてきてはいるが、わかりやすく、グローバルな言葉を使うチェンマイのお坊さんに、本来仏教があるべき姿の一部を見たような気がした(本来お経の意味って理解しやすいほうが良いと思うんだけどな…ま、いろんな意見があるんだよね、きっと)
その後、瞑想ルームに通された。これから2時間半の瞑想だ。
まずは座禅を組んでの瞑想。瞑想とは自分自身を観察するところから始まる。鼻で息を吸い自分の呼吸を観察する。そして心を観察する。そうやって自分自身を同じポーズで観察し続けることで、自分なりの気づきを発見するらしい。一時間の瞑想で一人の白人女性は気分が悪くなったようだ。するとお坊さんは「どうぞ、リラックスして休んでください」と優しく声をかけた。
俺は瞑想しながら水没していった自分の心について考えた。
本当は考えちゃいけないんだけどね。瞑想中は。
なんで俺はここまで心が落ちてしまったんだろう?
自分が気づいていない何かがあるのか?
傷つくのが怖くて生まれてからずっと守り、隠し続けている自分の弱さがあるのか?
そんなことを考えていると、一時間があっという間に過ぎていった。
お坊さんは他にも瞑想方法を教えてくれた。
まずは立ったまま瞑想する方法。立って目を閉じるというシンプルな瞑想法だ。
次は、歩きながらする瞑想。すり足で右足、左足を交互に動かしながら前に進む。5歩ほど進むとゆっくりと右足を元来た方向に向け、また同じ道を歩き出す。行ったり来たり。目をつぶりながらそれをひたすら繰り返す。
最後に、寝たままする瞑想法。お釈迦様が片手で頭を支え横たわってる仏像があるのをみたことがある人も多いと思うが、まさにあの姿で目をつぶり瞑想をするのだ。
瞑想って、ずっと座禅を組んで目を瞑るだけだと思っていたのにいろんな方法があるんだ。それを知れただけでも本当に良い経験をさせてもらったと思う。
「ウンコが漏れそうになったのもきっとお釈迦様の導きだったんだろう。サンックス!ガウタマ・シッダールタ」
こうして、俺のチェンマイの初日は過ぎていった。
迷走している自分自身から抜け出すのに、瞑想は有効かもしれない。
1000メートルの世界から浮上するヒントを見つけられたような気がした有意義な一日だった。
次号予告「チェンマイで新たなる恋の予感。奇跡のデートがついに実現!?」を乞うご期待!
1969年大分県生まれ。明治大学卒業後、IVSテレビ制作(株)のADとして日本テレビ「天才たけしの元気が出るテレビ!」の制作に参加。続いて「ザ!鉄腕!DASH!!」(日本テレビ)の立ち上げメンバーとなり、その後フリーのディレクターとして「ザ!世界仰天ニュース」(日本テレビ)「トリビアの泉」(フジテレビ)をチーフディレクターとして制作。2008年に映像制作会社「株式会社イマジネーション」を創設し、「マツケンサンバⅡ」のブレーン、「学べる!ニュースショー!」(テレビ朝日)「政治家と話そう」(Google)など数々の作品を手掛ける。離婚をきっかけにディレクターを休業し、世界一周に挑戦。その様子を「日刊SPA!」にて連載し人気を博した。現在は、映像制作だけでなく、YouTuber、ラジオ出演など、出演者としても多岐に渡り活動中。Youtubuチャンネル「Enjoy on the Earth 〜地球の遊び方〜」運営中
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